気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

太平山トレイル

明日のふかやシティハーフマラソンが中止になったので、前日の今日、負荷をかけても大丈夫だと思い、天気とにらめっこ、雨も上がり陽射しが少しあったので走りに出ることにした。
3月の大会は既に中止で全滅、4月の大会は久々にトレイルの大会を2本入れたので、その練習をすることにした。
高尾、奥武蔵、丹沢はちょっと遠く、もっと早く出なければ間に合わない。
そうだ、栃木の太平山トレイルにしようと思った。
最寄駅から、乗り継ぎが良ければ、40分ほどで着いてしまうのが良い。

東武線の新大平下駅から走り始める。
2kmほどロードを行くと、太平山の登山口だ。
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ここで、Tシャツ1枚になり登り始めたが、結構な勾配で苦しい。
早歩き程度にして呼吸を整え、眺めが良い謙信平から太平山神社までノンストップで行った。

太平山神社でお参りし、さらに進む。
ハイキングをする人はいるが、トレイルは一人しかいなかった。
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太平山(341m)晃石山(419m)馬不入山(345m)大明神山(274m)とアップダウンを繰り返し麓に着いた。
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特に最後の大明神山はあまり知られていないと思うが、馬不入山から大明神山を経由して麓までが、人いなくてもっともトレイルしやすい。
トレイル区間は10kmほどだった。
麓登山口にバリケードがありこんな看板が、いや~、道を踏み外さなくて良かった。
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あとはロード、どこまで粘れるかだが、藤岡駅までを目指すことにした。
当初は元気だったら、三毳山も登ろうと思ったんだが、もうそんな気力は残っていなかった。

途中、寄り道や立ち止まったりしたので、走り始めから4時間40分ほど23.5kmで藤岡駅に着いた。
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駅前の自販機で早速、缶ビール、美味かった!
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愛媛マラソン

愛媛マラソンは、2年連続3回目の参加になる。
3年前は4時間8分だったので、相性が良いと思って昨年参加したら、飛行機が雪で飛ばず、新幹線と在来線の移動を余儀なくされた。
長時間座っていたため、梨状筋を痛め、当日は散々なタイムだった。

今回は故障中ということもあり4時間10分台を目指してスタートした。
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前半は、6分/kmを切るペースで前に進むと、ちょうど走友Mさんが前にいたので、しばらく付いていくことにした。
向かい風なので、風除けにもなる。

ただ、2週間前の館山若潮マラソンの際には痛まなかった足底筋が、ハーフを通過した辺りから痛み出し、我慢できずにロキソニンを2錠飲んだ。
少しは効いた感じがしたが、足裏が痛いとバネが感じられず、せっかくの追い風が味方にならず、次第にタイムも落ちてきた。

こうなると、弱気の虫が起きだし、休めやすめと囁いてくる。
結局、トイレによって小休止、エイドではバナナに豚汁や坊ちゃん団子を食べてしまった。
ゴール2kmほど手前では、今回DNSしたTさんが旗をもって応援してくれていたので、ここ幸いと立ち止まり暫し屈伸をしながら会話、そして最後は左ふくらはぎが攣りそうになったので、引きずるような走り、ゴール手前の左折で先にゴールしていたYさんの声援を受け、なんとかゴール。
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4時間10分台はならず。
すぐ後続には、昨年リタイアしたNさんがゴール、さらに直後にTさんもPBでゴール。
いやー、来年あたりは追い越されるかもしれないな。

翌日は走友たちとしまなみ海道をレンタサイクル、今治から来島海峡大橋を渡り、満喫した。
しまなみ海道100kmウルトラ遠足が復活したら、また走りたいと強く思った。

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第52回川内鴻輝ランニング教室

わたしとしては珍しく、先月に続いて、久喜市総合運動公園市民グランドの練習会に参加することができた。
今回の練習テーマは、スピード持久力を高めるトレーニングとして、ショートインターバル走だ。

先月と同じように走力別に組み分けされ走る。
わたしは、400m×10本(R=200mジョグ)疾走=112秒(=キロ4分40秒)の組で5本走った。
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その後、遅れ始めたので、一組下がって、400m×7本(R=200mジョグ)疾走=120秒(=キロ5分00秒)に移り4本走った。
そしてラスト1本(400m)はフリーなので、全力でキロ4分で走り、予定通り400mを10本走った。

最近の練習は、5分50秒~5分30秒程度のビルドアップ10km走がほとんど、たまに速くても、キロ5分10秒前後で1,000m1本だから、だいぶ息は上がったが良い練習になった。

そして、これでメニュー終了と思ったら、練習時間が少し余ったからと、急きょ1チーム6人(6チーム)によるトラック半周200m駅伝を行うことになった。
フリーで頑張ったのに更に200mはキツカッタが、駅伝になるとやはり頑張ってしまう。
でも、これはこれで、1週間後のフルマラソンに向けては良い刺激になったと思う。
 

ランニングパトロール

久喜市では協働で安全・安心なまちづくりの推進を図るため、ランナーによる地域見守り活動「ランニングパトロール隊」の募集が昨年11月にあった。
わたしも早速応募し、本日1月11日(土)にランニングパトロール隊の発足式が久喜市総合文化会館で行われたので走友たちと一緒に参加した。
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ランニングパトロール隊の活動は、人的対応としては、すれ違う人々への声掛け「こんにちは」や、ランパトすることによる不審者に対する抑止効果、物に対しては破損物や街灯の照明不良などの連絡が主なものとなる。
昨年末にもカーブミラーの故意的な破損がニュースになったり、防災無線では子供に対する大人の怪しげな行動がたまに発せられるので、これらの抑止効果は高いと思う。

公共施設などで不具合ヵ所があったら、スマホで写真を撮り、次のような画面から市役所に送信することができる。
久喜市、なかなか、やるじゃないと思った!

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発足式のあとに増田明美さんの講演があり、その後、市民ランナーの聖地化メンバーが4グループに分かれ、早速、街中にパトルールに繰り出した。
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こんにちはと声掛けすると、多くの人が、こんにちはと返してくれた、これ意外に嬉しい!

そして、これらの活動を一過性にせず継続して行っていきたいと思っている。
 
発足式にあたっての配布物はポロシャツを含むこれらでした。
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第51回川内鴻輝ランニング教室

新年早々、第51回川内鴻輝ランニング教室に参加した。
昨年は、大会参加とランニング教室がバッティングして数回しか参加できなかったので久しぶりだ。

今回のメニューは、
講習会テーマとして「セルフケアの重要性と、効率のいい身体の使い方!」を講師として田中裕将トレーナーが行った。
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故障だらけの身としては、知っていることも多かったが、改めて聞くと、もう一度、ちゃんと注意してケアしようと思うから不思議だ。
知っていても実践しないと意味がない、今年は気を付けようと思った。

練習メニューは、
「スピード持久力を高めるトレーニング」をテーマに、セットインターバル走を行った。
速さ別に6チームに分かれるのだが、正月太り&故障中なので、チームハム太郎のグループに入った。
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練習内容は、(1000m+400m)×4(R=200mジョグ) セット間3分
疾走=5分30秒+120秒
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物足りないかと思ったが、久しぶりのトラック走はこのタイム設定でちょうど良かった。
ラスト400mはフリーになるので、ここは頑張った。
96秒なので4分/km換算になる、良い刺激になった。

そして、一度帰宅しての新年会参加。
1週間前に行われた年末の川内杯栗橋関所マラソンの反省かとともに行われ、今年も良いスタートがきれた。
 

大晦日

今年は、春先に白内障の手術をしたので走れず、初夏以降は夏バテ、秋には軽い肉離れ、そして足底筋痛で思うように距離を踏めず、1年間の走行距離は昨年とほぼ同じの2,155kmだった。
一昨年は3,000km近く走れたので、三分の二となってしまった。

大会参加の総距離が、940kmだったので、練習はわずか1,200kmほどしか走らなかったことになる、ガックシだ。

今年の大会エントリーは27大会だが、DNSが2大会、同じくリタイアが2大会なので、走り切ったのは23大会になる。
ウルトラマラソン系が2回
フルマラソンが11回
ハーフマラソンが5回
10kmが3回
リレーマラソンが2回になる。

2019
 2019年のエントリー大会一覧(クリックで拡大)

それでも、2月の姫路城マラソンは旅ランとしてとても楽しかった。
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7月の津軽ジャーニーラン177kmも序盤に足が攣りながらもゴールテープを切れたのは、まだまだ粘れる力があると実感し嬉しかった。
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山は、富士山の次に高い山「北岳」夏に登った、50年ぶりの北岳は下山後さすがに消耗した。
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秋には、いわて盛岡シティマラソンの翌日にあこがれの早池峰山に登って感動した。
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まあ、なんだかんだ言って、こう振り返ってみると、今年も沢山遊んだんだと思う。

走友たち、いろいろと遊んでもらってありがとうございます。
良いお年をお迎えください!
 



川内杯栗橋関所マラソンのボランティア

伴走以外のボランティアは久しぶり、川内杯栗橋関所マラソン(10km、2km)の受付とゴール給水ボトル渡しのボランティアをした。

走友の車に乗せてもらい、6時40分ごろ会場に到着した。
早速、受付体制のセッティングを行い、準備ができたので開始前だったが受付を始めた。
わたしは女子の10km担当だったので、それほど混雑することなく対応できたが、男子は時々列が長くなることがあった。
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陽射しがあり風もないが、やはり素手では寒い、チェックシートの紙をうまくめくれないこともあった。

心がけたのは、挨拶とゼッケンや参加賞を手渡した後の声掛けだ。
無口なわたしとしては、1週間分ぐらい口を開いたかもしれない・・・。

9時30分、小学生の部2kmがスタートしたら、受付人員を減らした。
ギリギリまで10kmランナーを受け付ける、スタート15分前を過ぎても来る方がいるのには驚いた。
わたしには、とても真似は出来ない。

10時、10kmのスタートを見送ったら、ゴール後のペットボトル渡しと記録証配布の動線確保だ。
ゴール地点と記録証配布の位置が近すぎて、なかなか厳しい。
そうこうするうちに、30分ほどで先頭ランナーがゴールした、あまりの速さにビックリだ。

途中で表彰式も始まったので、少しづつ動線をずらしてペットボトル渡しの対応をした。
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最終ランナーがゴールしたら、撤収だ。
会場では、川内優輝さんとのじゃんけん大会が盛り上がっていたが、みんなで手際よく片づけができたと思う。

参加ランナー1,000人ちょっとのローカルな第1回大会。
川内杯とうたっている通り、川内一家のおもてなしが、ランナーにとって大好評だった。

今まで、都市マラソンの受付を何回もしたが、この大会の受付もなかなかボランティアのし甲斐があって楽しかった。
もちろん、いろいろな改善点があるのは分かっている。
その改善が成っているか確かめるために、来年も走らずに、この大会のボランティアをしたいと思っている。
 

フルマラソン完走150回の道 その4

103回目の完走はとくしまマラソンだった。
以前から記録が出やすいと言われていた大会で、それなりに気合を入れて臨んだ。
スタートは陸連ブロックがあるので、地元埼玉の川内優輝さんとは、ほんの数メートルの近さで並ぶことができた。
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吉野川沿いを走るほぼフラットなコースは、それほど応援は多くないが走り易い。
4月なので暑さも感じるが、川沿いの風を感じて、それほど苦しくなることはなかった。
スマホを持って走っていたので、何度か立ち止まって写真を撮ろうと思うことはあったが、サブフォー出来るかもしれないというラップを刻んでいたので自重した。
結果、最後はバテたが、遊ぶことなく走り切ったので、グロス3時間58分02秒でゴールできた。

公認大会なので完走証でなく記録証を貰った。
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長めの休暇を取ったので、この大会前後は、レンタカーであっちこっちに行った。
渦潮、金刀比羅宮、かずら橋などを巡った。

残雪の剣山、大会で履いたランニングシューズで登ったが、とても寒かった記憶がある。
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とくしまマラソンのゴール後、記録証発行の役員の方に、この大会も良いよと言われたのが、海部川風流(カイフガワフル)マラソンだった。

いまだ、行けてないので、ぜひ、走ってみたいと思っている。
 


 

川内杯栗橋関所マラソンのコース下見

今月29日(日)に開催される「川内杯栗橋関所マラソン」にボランティアをすることになっている。
何をするかは事前説明会に行けなかったので、詳細は分からないが、少なくてもコースを知っておいた方が良いと出かけてみた。
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  (10kmコース折り返しまでのポイント)
  (画像をクリックすると大きくなる。)

大会要項によると、スタート地点は、利根川右岸129.5km地点なので、ここら辺りだと思う。
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なにしろ、河川敷なので目標物が少ないのだが、水神宮様前なので間違いないだろう、この辺りが会場となる。
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スタートして650mほどで、利根川を渡る125号線の橋梁を通過、900mほどで栗橋水位観測所を左手に見る。
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台風19号で、ここの水位が氾濫危険水位を超えてたのは記憶に新しい。

1.4km辺りで東北本線(宇都宮線)通過し、暫く行くと、右手、渡良瀬川が利根川に合流する地点だ。
3kmを過ぎ、3.6kmで東武日光線を超える。
晴れて空が澄み渡っていれば、右前方遠くに日光男体山が見えるはずだ。

4km辺りで、本来ならば堤体の上に上るのだが、堤体の嵩上げ工事をしているので、おそらく、このまま管理道路を走るものと思う。
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左手の堤体上にカスリーン公園の建物が見えたら、もう直ぐに5km地点、10kmコースの折り返しになる。
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  (折り返し地点の堤体上、カスリーン公園)
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復路は全く同じコースを戻るので距離感は掴みやすいと思う。
往路のどの辺りで、川内優輝夫妻、鮮輝さんとすれ違えるか?
その走りを間近に見ることができると思うとワクワクする。
 





フルマラソン完走150回の道 その3

102回目の完走は鳥取マラソンだった。
仕事で日本全国を飛び回ったが、山陰地方だけは縁がなかったので、かなりテンションが上がっていたと思う。
大会前の数日、普段なら気にすることなくお酒を飲むのだが、この大会に限って、前夜を含め飲まなかった。
結果、タイムはどうかというと、まったくいつも通りだったので、この大会以降、あえて禁酒をするということはなくなった、ある意味、エポック的なものとなった。

大会自体は、スタートして直ぐに緩やかな登り坂なので、わたしの最も苦手とするものだった。
いきなり、はぁはぁぜぃぜぃは、かなり苦しい、砂丘を見る余裕などとてもなかった。

それでも、この大会での一番の思い出は、ラッキョウのエイドだ。
14km地点辺りに給水エイドの他にコップの中にラッキョウが入っていて、思わず二の足を踏んで、ボランティアの方とこれ何って話しをした。
それをたまたま写真に撮られ、翌日の日本海新聞の記事として掲載されたのだ。
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翌朝、ホテルのロビーで新聞を広げて、ビックリしたことを覚えている。
そして、後日、新聞社から送ってもらった写真がこれだ。
日本海新聞

コース後半からは足底筋の痛みで、沿道の応援の方に水をもらいロキソニンを飲んで走り切った大会、その時は辛かったが、鳥取砂丘や因幡の白兎など、旅ランとしてはなかなか面白かった思い出がある。
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 なかなかユニークな完走タオルでした。

 





フルマラソン完走150回の道 その2

フルマラソン完走を100回した時から意識し始めたのが、全都道府県の大会を一つは走るということだった。
本来ならば、フルマラソンの大会で臨みたいところだが、そもそもフルマラソンの開催がない県もあるので、先ずは、ウルトラ、ハーフ、マラニック、トレイルなど何でもよいので、ゼッケンを付けて走れる大会なら良しとした。

それでも、走りたいフルマラソンがあれば、もちろんそれを優先する。

そして、積極的に走っていない県の大会を探し走り始めた。
101回から150回までの完走のなかで、初めて走った県と大会は次の11県になる。

101回 紀州口熊野マラソン(和歌山県)
102回 鳥取マラソン(鳥取県)
103回 徳島マラソン(徳島県)
105回 あいの土山マラソン(滋賀県)
112回 富山マラソン(富山県)
115回 さが桜マラソン(佐賀県)
119回 おかやまマラソン(岡山県)
123回 愛媛マラソン(愛媛県)
129回 金沢マラソン(石川県)
130回 仏の里くにさき・とみくじマラソン(大分県)
138回 国宝松江城マラソン(島根県)

他種目で走ったことはあるが、フルマラソンでは初めての府県は次三つになる。

109回 いわきサンシャインマラソン(福島県)
135回 京都マラソン(京都府)
142回 姫路城マラソン(兵庫県)

101回目の大会、紀州口熊野マラソンは、仕事が繁忙期ということもあり、往復を夜行バスで行ったので、とても疲れた記憶がある。
そしてゼッケンが一桁でびっくりしたことを思い出した。
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103回目の徳島マラソンは、この間のなかで、唯一サブフォーを記録した大会になった。
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走友と一緒に参加したのが、富山マラソン、さが桜マラソン、愛媛マラソン、金沢マラソン、国宝松江城マラソン、いわきサンシャインマラソンだ。
それぞれが珍道中だったりして想いで深い。

妻が同行してくれたのが、徳島マラソン、あいの土山マラソン、おかやまマラソン、仏の里くにさき・とみくじマラソン、姫路城マラソンになる。
走っている間、観光をしていることもあるが、スタートやゴールあるいはコース上で神出鬼没にとんでもないところで応援してくれたりした。

こうやって書いていると色々な大会を徐々に思い出す。
もう少し、101~105回までの大会を振り返ってみたい。
 


フルマラソン完走150回の道 その1

フルマラソンの初参加は、1996年4月に開催された「かすみがうらマラソン」になる。
そして、100回目の完走は、2013年12月の「青島太平洋マラソン」なので、17年8ヶ月掛かったことになる。
年に5~6回のフルマラソン完走ペースだ。
その時の思いは、フルマラソン完走100回の道に書いた。

そして、150回目の完走は、今月、2019年12月の「NAHAマラソン」なので、6年で50回が加わったことになる。
この間、年に8回以上フルマラソンを完走したことになる。

100~150回完走のあいだには、北海道マラソン、さいたま国際マラソン各1回、大田原マラソン2回のリタイアがある。

榛名湖マラソン、いわて北上マラソン、新潟シティマラソンと3回の台風による開催中止もあった。
つまりエントリー自体は年に9回以上だったわけだ。

そんな訳で、101回から150回まで思い出に残った大会などをまた書いていくつもりだ。

150

早池峰山

日本百名山、東北地方で登ったことがあるのが、青森の岩木山、秋田・山形の鳥海山、山形の月山と会津駒ケ岳、福島の安達太良山と磐梯山と吾妻山、山形・福島・新潟の飯豊山になる。
そして、今回、岩手の名峰、早池峰山(はやちねさん)を登った。

早池峰山は、もう何年も前から登ろうと思っていた山だ。
2013年9月に秋田の田沢湖マラソンの帰りに登ろうと思ったのが最初で、この時は、台風上陸で断念した。
最近では、今夏のお盆の時期に計画していたのだが、やはり、台風で行けなかった。
そして、やっと、いわて盛岡シティマラソンの翌日、登ることができた。

北上でレンタカーを借り、1時間30弱で、登山口で駐車場がある河原坊に着いた。
ここまでのアクセス道は狭いが、紅葉がきれいだった。
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河原坊から早池峰山まで正面コースがあるのだが、昨年の豪雨で何か所か崩落していて通行止めになっている。
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致し方ないので、小田越コースをピストンすることにした。
小田越の登山口には駐車場がないので、河原坊から歩き始めた。
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    (正面に見えるのが早池峰山)

緩い登り勾配なので走る、25分(コースタイム45分)で着いた。
小田越から木道を少し歩いたら、直ぐに本格的な登りに入る。
あっという間に森林限界を超え、岩だらけの山容となった。
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五合目の御金蔵には、50分(1時間20分)で通過、その後、鎖場があったり、風が強くなってきたが、五合目から33分(1時間)で早池峰山山頂だ。
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       (早池峰山頂)
休まずに山頂だったので、ゆっくりと景色を堪能した。
西を見れば秋田の山が、東を見れば遠く太平洋が臨めた。
山々の紅葉も美しい、風はあるが陽射しがあるので寒くない。
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        (避難小屋)
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        (携帯用のトイレ)

名残惜しいが、帰りの新幹線があるので急いで下った。
コースタイムを1時間ほど短縮して、1時間25分で小田越しまで下ることができた。

帰りの道すがら、時間に余裕ができたので、早池峰ダムに寄った。
ここも湖面と紅葉が良かった。
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憧れの早池峰山、とても良かった。
次は、高山植物が咲いているときに登りたいものだ。
 
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いわて盛岡シティマラソン

東北6県の県庁所在地としては初のフルマラソンの大会開催だそうだ。
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盛岡駅近くのホテルに泊まったので、シャトルバスも出ていたが、会場まで歩くことにした。
会場は、岩手大学のなか、趣きのある建物もあった。

曇り空だが、予報は午後になったら陽射しが出るとのことだったので、防寒対策はせず、半そでTシャツにランパン、脹脛の故障が完全に癒えているのか不安だったのでゲイターも着用した。

9時にスタート。
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学内を出て直ぐに大学の応援団なのだろうか、昔ながらの節回しで応援歌を唄っていて、これはこれで楽しかった。
暫くは、住宅街だったり商店街だったり、官庁街を走るので、思ったよりも沿道の応援は多かった。
ただ、新幹線沿線よりも西側に行くと流石に応援もまばらになったが、なぜか応援は「ありがとう」と言う、頑張れではないのだ。
福島のいわきサンシャインマラソンを走った時も、沿道のあっちこっちで、ありがとうとと言われたのを思い出した。
被災して復興はまだ道半ばなのかもしれないが、来てくれてありがとうの言葉が身に染みた。

故障してから、走り込みも出来ず、更にそれ以前から暑さにかまけて練習していなかったので、5時間切り、あわよくば、4時間半と思っていたので、暫くは6分/kmを意識した。

10km通過が59分
20km通過が2時間20秒と想定通り、脹脛の痛みもなく、若干、足裏が痛むことがあったが、エイドで歩くと緩和された。
20kmから25kmで、20mほど標高を上げる。
更に、そこから、1.5kmほどで40mほど駆け上がると紅葉も美しい御所湖だ。
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走れずに歩いているランナーもいるが、ここは歩かなかった。
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37km附近か、左手前方に綺麗な山が見えた。
思わず沿道の方に聞いたら、岩手山だそうだ。
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あいにく、山頂までは見えなかったが、山すそが美しい。
しかし、この10kmはトイレ休憩も入れてだが、7分/kmの走りしか出来なかった。

雫石川沿いを走る、しばらくして40kmを通過、このままダラダラ走っても練習にならないと、ここからピッチを上げた。
中央公園がゴール、この間の2.195kmは、13分7秒。
かろうじて、6分/kmを切る速さ?で走り切ることができた。

記念メダルは南部鉄製、小さいけど重たい。
フィニシャータオル、これも小さかった。
完走証はない、自分でネットからとってくる。

振る舞いは、盛岡の三大麺、じゃじゃ麺、冷麺、わんこそばから一つ貰って食べる。
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最初知らずに、続けて食べてしまった。
制限時間ギリギリ完走の方の分まで食べてしまったか、申し訳なかった。

岩手の大会としては、北上マラソンに3回エントリーしたことがあるが、同じ10月でも初旬に行われる大会としては暑かった。
更に、この2年は台風の上陸によって中止になっていた。
そんななか、暑くもなく、台風の心配も少ないこの大会、来年は、北上じゃなくて盛岡がもっと流行るかもしれないなと思う。
でも、歴史ある北上マラソンもぜひ頑張って欲しい。
 

エイジシュートみたいな・・・。

大会初参加は、1995年10月22日の渡良瀬遊水地ゆうゆうマラソンの5kmだった。
なので、走歴は間もなく、24年ということになる。

初リタイアは、2002年9月22日の秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソンだ。
北緯40度ラインは超えたが、70km手前で脚が動かなくなった。
走り始めて7年後、2度目のウルトラマラソンが初リタイアになった。
akita100km

それから今日まで、走るのを止めた理由は様々だが、スタートしてゴールにたどり着けなかったのが20回、この20回の大会をリタイアしたことになる。

今日時点で、マラソン大会の参加回数は、581回になるので、完走した回数は561回だ。
普通のランナーよりは参加した大会の数は多いと思う。

ゴルフではエイジシュートというのがある。
ゴルフの1ラウンド(18ホール)ストロークプレイを、自身の年齢以下の打数でホールアウトすることをいう。

自身の年齢 × 10 = マラソン大会回数(or 完走回数)
今だと、
680 > 581 (561)だが、

これを目指せないかと思っている。
先ずは、大会参加回数、スタートラインに立つ回数だ。
エントリーしていながら、自身の都合や降雪、災害などで15大会をふいにしている。
やはりもったいなかったが、東日本大震災など致し方ないことなのだ。

それでも毎年20回以上の大会参加なので、77歳~78歳で到達できるのでないか?

夢物語になるかもしれないが、まずは、健康で長生きしないとダメ、でも、チャレンジのし甲斐はあると思っている。
 



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