気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

山形県:47都道府県の大会

山形県で走った大会は唯一「葉山山岳マラソン」の一大会のみになる。
葉山(標高1,462m)は、山岳信仰の山でもあり、農業の神が住むとも言われている通り、水がとても美味しい。

大会は、「霊峰葉山を吹き抜ける風と一緒に走ろう!」というキャッチコピーだが、累積標高差1,700mと距離32kmからみても、そんな甘い大会ではなかった。
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コースは、舗装路と登山道で、登山道の入り口出口で、シューズを履き替える。
ランニングシューズとトレランシューズ、山道は急こう配で季節がらぬかるんでいたりするので、履き替えは必須だ。
走っている最中は、とにかく辛かったことしか覚えていない、なんて大会に出てしまったんだと思った。
ゴールした直後は、不完全燃焼で、また来年もと少しは思ったが、翌年にはもうあんな辛い大会は・・・、と思ったのが正直なところだ。

季節は、6月最終週~7月第一週で、佐藤錦の食べごろとダブるので、この大会を走らなくても、この地の走友の実家のサクランボ狩りに行ったのは良い思い出だ。
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山形県にもフルマラソンはあるので、普通のコースを一度走ってみたいと思っている。

葉山山岳マラソンの完走記
 




秋田県:47都道府県の大会

秋田県の大会参加は二つ。
2002年の「秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソン」は、ウルトラ初挑戦の四万十川の次のウルトラとして走ったが、上り下りで脚を使い果たして68.5kmでリタイアした。
同一県内のスタート&ゴールで全都道府県走破とカウントしているので、この大会は含まれないが、とても想いで深い大会だった。
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まるでゴールのような写真だが、北緯40度線を越えたところだ。

そしてもう一つは、カウントできる、2013年の田沢湖マラソン
9月の開催ということで、走り込みも出来ていないなか、台風が襲来、強風と大雨のなかの走りで、制限時間ギリギリの完走だった。
まだ、秋田県の大会でスカッとゴールしたことがないので、何処かの大会に参加したいのだが、やはり走るならフルマラソンだと思っている。
 


明治維新150年

今年は、明治維新150年ということで、山口100萩往還マラニックの参加前後で神社仏閣や歴史建造物などを訪ねてみた。
まずは、マラニックの会場となっている瑠璃光寺の国宝、五重塔。
維新とは関係ないが、その佇まいは美しい。
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萩は、やはり維新の街、まずは、境内に松下村塾がある松陰神社。
松陰神社は、松下村塾があった場所に後から建てられたもので、宝仏殿・歴史館など、松陰とその弟子たちの思想や行動がよく分かり見ごたえがあった。
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また、松陰神社入口に建つ、薩長土連合密議之処は、坂本龍馬が久坂玄瑞と会談し、日本の置かれている立場を理解したとされている。
ここから龍馬の活躍が始まったのだろう。
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もう一か所は、毛利家の墓所、菩提寺となっている東光寺だ。
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何とも静寂な場所で、心休まるというよりは、おっかなびっくりという感じだった。
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高杉晋作は、日下玄随とともに松陰門下の双璧と言われていた。
今の中国がイギリスの植民地となり、いずれは海外の列国が日本を攻めてくる、だからこそ、あらゆる準備をしなければと奔走した。
実際に、英米仏蘭四カ国連合艦隊と長州の下関戦争では惨敗し、高杉晋作が講和使節となったことは、意外に知られていないのかもしれない。

戦勝祈願したと言われる厳島神社と、挙兵した功山寺。
厳島神社は神官が不在ということで御朱印は頂けなかった。

功山寺は、長府にあり、維新回天の地とも呼ばれていて、ここで挙兵したことにより、長州藩が再び尊王攘夷の藩政になって世の中が動いていく歴史的な寺なのだ。
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功山寺のなかに入ると、韋駄天の像がある、健脚の神様だ、残念ながら撮影禁止で撮れなかったが手を合わせた。


山口100萩往還マラニック70km その2

萩往還の旧道は石畳や土などが多いが、もちろん迂回して舗装路を走るところもある。
そして、こんな風に開けたところも、ホッとする瞬間なのです。
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明木エイドを過ぎての一本道、だいぶ日差しが強くなってきました。
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左下に道の駅「萩往還」があり、以前はここで、トイレなど済ましていたのですが、今回は、道の駅に入ることすらNGになっていました。きっと、観光客からクレームがあったのでしょうね、致し方なしです。
そして、少し行くと有名な涙松。
吉田松陰が江戸に護送される際に、萩の街を振り返り、弟子たちと別れを告げた場所です。

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萩市内に入り、折り返しの陶芸の村公園、4時間38分で着きました。
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ここでスタートに預けておいた着替えなど受け取るのですが、わたしは何も預けなかったのでスルーしました。
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お弁当も頂けるのですが、お腹が空いていないので受け取らずでした。
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休まずにそのまま復路、往路ランナーたちとエールを交わしながら走る。
すると、夏ミカン畑で、農家の方が売っているのを発見、思わず立ち寄り、買ってしまいました。
夏ミカン10kgで1,000円、箱代と送料で1,800円。
高いんだか安いんだか分からないが、萩の夏ミカンは美味しいので・・・。
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下りで大腿部が悲鳴を上げてきたが、心配だった腸脛靭帯の違和感はないので、足を速める。
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そして、撮影スポットの萩往還の入り口で一枚。
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あとは、ゴールまで3.6kmほどを下る。
250km、140kmランナーたちに、ごめんなさい、先に行きますと声を掛けながら追い抜きゴール。
速報値で10時間17分11秒だった。

GPSによると、距離は70kmに満たないが、累積標高差は2,000mを超えている。
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これで、この大会のマラニック3部門を全て完踏したことになるのが嬉しい。
 

山口100萩往還マラニック70km その1

レンタカーを県庁の駐車場に止めて、徒歩10分もかからずに大会会場の瑠璃光寺に着いたのが午前5時前。
既に第一ウェーブスタートの点呼が始まっていて、うまく、第二ウェーブに入ることができた。
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70kmの参加者は574人、各ウェーブは50人なので、12組に分かれて順次スタートするが、遅いのでなるべく早くスタートしたかったから良かった。

6時に第一ウェーブがスタート、暫くして、エイ・エイ・オー!の掛け声のもと一斉に走り出した。
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沿道からは、「ガンバって」ではなく、「行ってらっしゃい」の声援があっちこっちから飛んできた。
緩やかな上り、ダム湖を左手に見て走ると、スタートから30分弱、3.6kmで萩往還天花坂口、毎回ここで写真を撮っているので、給水して一枚。
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いよいよ石畳に入り、高度が増していく、前方からランナーたちが足を引きずりながら時々やってくる。
そう、250kmや140kmのランナーたちだ。
わたしたち70kmランナーは尊敬の意を込めて「お帰りなさい」と声を掛ける、彼らは辛いだろうに「行ってらっしゃい」と声を返してくれる。
これがこの大会の一つの魅力だと思う、見も知らぬ、すれ違う全てのランナーが声を掛け合う、勇気をもらう感じがする。

スタートから6.5km地点が板堂峠、ここが萩往還で最も標高が高く、490mほど登ったことになる、ここからは、舗装路や山道を何度か走る。

以前、おばあさんの大福エイドだったところは、今はお茶など給水だけになっていた。
そして、最初のエイドは佐々並、14.4km地点、おにぎりを1個頂いた。
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少し走ると再び石畳になる、昨夜の雨で滑るかと思ったがそれほどでもなかった。
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つづく
 





山口100萩往還マラニック70kmの受付

山口100萩往還マラニック、平成元年に開催されて30回目の今年で終わる。来年の5月は平成という元号ではなくなるのは偶然なのだろうか?

萩往還とは、山陰と山陽を結ぶ参勤交代道として開いた道で、幕末の維新の志士たちが往来した道でもある。
そして、マラニック、もう一般的な言葉だと思うが、マラソン+ピクニックの造語になる。

2005年から2007年にかけて、140kmに参加し、3回目の2007年に完踏できた。(この大会では完走とは言わず完踏という)
そして、10年前の2008年に250kmに初エントリーし、運よく完踏することができたが、翌年の2009年は、腸脛靭帯を痛めてリタイアしてから、この大会の参加は厳しく見送っていた。

それが今年で開催を終えると聞いたので、まだ走ったことがないカテゴリー、70kmにエントリーした。

2006年のブログ 山口100萩往還マラニック140km
2007年のブログ 山口100萩往還マラニック250km

大会会場は瑠璃光寺周辺で、18時スタートの140kmのランナーたちが既にスタートライン近くでスタンバイしているなか、ナンバー受付を行った。
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スタンバイする140kmのランナーと瑠璃光寺の五重塔
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参加賞は、Tシャツ、萩焼、ソックス男女一組
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川内優輝選手ボストンマラソン優勝の祝勝報告会

川内優輝さんのボストンマラソン優勝祝勝会が久喜市の公民館で行われたので参加した。

ボストンマラソンのスタートからゴールまで、自身の心模様を詳細に語ってくれて、やはり一流のランナーは42.195kmを詳細に記憶しているんだなと改めて思った。

わたしの心に響いた言葉は、
・記録じゃなくて、勝つためのレースの時は時計を外す!
・ボストンで優勝して現地では、誰も天候が味方したとは言わない、同じ条件のなかでのレース、コングラチュレーション!で優勝をたたえてくれた。
・ボストンの悪天候、雪の長野マラソンで日本人初優勝、その時のレース展開の経験が生きた。

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いやー、こんなこと聞けるなんて、この報告会に参加して良かった~!

そして、テーブルまで話しかけに行って、わたし、フルマラソン完走136回ですと言ったら、あと50回だなって言われ・・・、直ぐに追い抜かれそう。

勝田全国マラソン

昨年に続き7回目の参加だ。
地元の走友たちが場所取りをした場所にお邪魔したので着替えもスムーズにできて良かった。

スタートブロックは昨年同様にEブロックなので、曲がり角のはるか向こうのスタートラインは見えない。
10時30分にスタートしたが、なかなか前に進まない、スタートラインを超えたのは、4分34秒後で昨年よりは少し良かった。
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今年に入り、思うような練習ができず、体重も増えて、かなり厳しいと思っていたが、想像を超える辛さだった。
10kmごとのラップは、
10km:56分06秒/10km
20km:58分22秒/10km
30km:62分50秒/10km
40km:85分26秒/10km

20km手前辺りから、ここしばらくなかった足底筋が痛み出した。
ロキソニンは持っていたが、安易に飲んではいけないと思い我慢する。
25kmから6分/kmを超えだすと同時に、つくばマラソンと同様にふくらはぎが攣りかけ、そのたびに止まり少し歩いては再び走り出すということを繰り返すようになった。
途中、雪も降り出し寒い、金沢マラソンで痛めた左ひざも痛くなってきた。
つくばマラソンの時のように突然攣って、七転八倒はしたくないので、どうしても足の運びは慎重になってしまう。

この大会は、用意ドンから4時間で交通規制が解除されるので、その後は歩道を走ることになる。
当然、信号が赤に変わったら止まらなければならない、通常なら、嫌な時間だが、今回は休めるので逆にホッとした。

ネットタイムで、4時間40分29秒も掛かってしまった。
マラソン人生、長年の消耗で体にガタが来ているのか、もう、フルマラソンは卒業の時期なのだろうか、暑いのは嫌だし、寒いのも嫌という我がまま体質、いろいろと困ったもんだ~。

タップダンス発表会

タップダンスを習い始めて2年3ヶ月、一昨年の10月以来2回目の発表会だ。
初めての発表会では、一緒に習い始めたKさんと二人での舞台だったが、今回は、男女3人ずつ計6名での舞台となった。
わたしとKさんを除く男女4名は、わたしらの初舞台以降にタップを始めたのだが、あっという間に追いつかれ、今ではリードしてもらっているほどなのだ。

舞台前面に女性が3人並び、その後方の間に男性3人だ立ち、タップを始める。
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前回の舞台では、曲のどこからステップを踏むか皆目見当がつかなかったのだが、今回はしっかりと対応できた。
途中、男女が入れ替わり、男性陣が前面に出る、ライトがまぶしくて観客の視線は気にならない。
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午前中のリハーサルでは、ちょっとしくじったが、本番はなんとか対応できたと思う・・・。
そして後半戦、再び後方に移動してエンディング、最後はびしっと決まった。

よくまあ、ほぼリズム感ゼロのわたしがここまで来たもんだと思う。
6人だったので、さほど緊張することもなかった。
習うより慣れろ、なのか、タップの音は全く良い音がしないが、ステップの楽しさが増してきた。
宇川先生と一緒にレッスンを受けて舞台にたった仲間たちに感謝なのだ。
 

宮城県:47都道府県の大会

宮城県の大会参加は、仙台国際ハーフマラソンのみで、フルマラソンもウルトラマラソンも走ったことがない。
仙台国際ハーフマラソンを最初に走ったのが、2012年になる。
この年から参加条件が緩和され、わたしの持ちタイムでもエントリー可能になったので走ることができた。
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その後、2014年、2017年と3回走っている。
コースは仙台の目抜き通りを走ったり、アップダウンがあったりで走り易いと思う。
ネックは、暑さか、わたしは汗っかきなので多少気温が上がると結構しんどくなる。
それと、都市マラソン共通の悩みだろうが、ホテルが取りずらい。
過去3回とも車で行ったので、宿泊は仙台市内ではなく、多賀城の方で泊まった。
駐車場が無料なので、当日はホテルに車を置いたまま、仙石線に乗り20分ほど会場の最寄り駅に着く、意外に便利だった。

今年はエントリーしなかった。
この大会は、数年に1回の割で走れれば良いかなと思っている。
また、フルマラソンの大会開催が幾つかあるので、いつかはと思っているのだが、わたし的にはどうも魅力が今一で躊躇している。




岩手県:47都道府県の大会

岩手県の大会参加は、北上市で行われている、いわて北上マラソンのフルマラソン2回のみだ。
大会は、北上総合運動公園で行われているのだが、そこにセブンイレブンがあり、オーナーが、会社の後輩だったことから、参加した2回とも大変お世話になった。

2007年に参加したのは、いわて北上マラソン。
2013年に参加したのは、いわて北上マラソン大会・全日本マスターズマラソン選手権大会で、今でもマスターズで走ったのはこの大会だけだ。
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2007年10月に走ったのが1回目なのだが、望んだわけでもないのに紆余曲折のなか、月初めに、社員100人規模の関連会社の代表になってしまい、激務が襲い、疲労困憊のなかを走ったのをよく覚えている。

2回目はマスターズ登録で走った、タイムは4時間半を超えていたのだが、60歳代で17位だった。
この時は、観光を兼ねていて、盛岡・北上・遠野の旅をした。
カッパ捕獲許可証なんて面白いものも手にいれた。
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岩手県も大会はいろいろと開催されているが、走ってみたいと思っているのは、早池峰マラソンと岩手銀河100kmチャレンジマラソン。
ただ、岩手銀河はアップダウンのあるなか制限時間が14時間なので実際は無理で、もう少し若い時にチャレンジしておけば良かったと思っている。


松戸市七草マラソン

今年最初の大会参加は、松戸市七草マラソン。
この大会は初参加ですが、その歴史は第63回ということで重みのある大会です。

距離は10km、アップダウンがあると事前に聞いていたし、走友がフォームチェックしながら走ると言っていたので見習うことにした。
10時にはスタートブロックに並び10時15分にスタート、直ぐに競技場を出た。
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いきなりのアップダウン、ガーミン計測によると、前半5kmの累積の高度上昇が39mで高度下降は37m、タイムは25分32秒。
後半は、累積で高度上昇が61mで高度下降も61m、タイムは25分02秒だった。

後半の方がアップダウンがキツカッタが、タイムは落ちることなく、うまく走れた。
ほとんで平坦なところはなく、アップダウンばかりなので、フォームの切り返しを意識せざるを得ない、これが結果的に良かったのだ。
わたし的には年末年始での増量中のなか、とても良い走りができたと思う。06

とても良い大会だと思う、来年も初っ端の大会はこれだな。
その後は、走友たち9名で寿司屋で新年会、途中、寝落ちしてしまった。



走り納め

大晦日は、お年賀を買いに都内に出たので走れませんでした。
結局、昨日の陸王ロケ地マラニックが走り納めで、今年の走行距離は、トータル2,972kmになりました。
夏のみちのく津軽ジャーニーランの後遺症、金沢マラソンの膝痛、つくばマラソンの攣りによる脹脛の損傷を考えれば上々の距離だったのではないかと思っています。

さて、今年、走った大会は次の31大会です。

下野市天平マラソン(ハーフ)
白岡町新春マラソン(伴走)
杉戸町新春マラソン(10km)
勝田全国マラソン(フルマラソン)
愛媛マラソン(フルマラソン)
追浜マラソン(10km)
読売犬山ハーフマラソン(ハーフ)
三浦国際市民マラソン(ハーフ)
全日本山岳スノーシューイング・レースin日光(15.0km)
久喜マラソン(ハーフ)
行田市鉄剣マラソン(伴走)
かすみがうらマラソン(フルマラソン)
春日部大凧マラソン(ハーフ)
仙台国際ハーフマラソン(ハーフ)
横須賀・三浦みちくさウルトラマラソン65km(スィーパー)
奥武蔵ウルトラマラソン(78km)
奥尻ムーンライトマラソン(フルマラソン)
みちのく津軽ジャーニーラン250K(152kmリタイア)
北海道マラソン(フルマラソン)
チャレンジ2020(フルリレー)
川崎等々力河川敷オータムマラソン(ハーフ)
榛名湖マラソン(フルマラソン)
松本マラソン(フルマラソン)
鈴鹿山麓かもしかハーフマラソン(ハーフ)
金沢マラソン(フルマラソン)
仏の里くにさき・とみくじマラソン(フルマラソン)
蓮田マラソン(伴走)
つくばマラソン(フルマラソン)
NAHAマラソン(フルマラソン)
はが路ふれあいマラソン(フルマラソン)
チャレンジ2020(フルリレー)

フルマラソンは12回、ハーフマラソンは8大会と例年になく多かった年になりました。
その代わり、トレイルの参加は皆無で、なかなか参加のハードルが高くなってきたのかと感じています。
新たな参加種目としては、スノーシューを履いて走る大会、全日本山岳スノーシューイング・レースin日光を走りました。
上り下りともかなり苦しかったですが、雪のなかを走るのは楽しい経験となりました。
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スポーツボランティアとしては、障がい者伴走が3回と実家近くのウルトラ65kmの最後尾を走るスィーパーを昨年同様やりました。
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東京オリンピックまで毎日開催のフルマラソン、地元の走友たちとリレー方式で走る面白い大会には2回参加、これは来年も数回は参加したいと思っている大会です。
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全都道府県での大会参加も目標としていて、
今年は、愛媛県の愛媛マラソン、愛知県の犬山ハーフマラソン、三重県の鈴鹿山麓かもしかハーフマラソン、石川県の金沢マラソン、大分県の仏の里くにさき・とみくじマラソンを走りました。
残るは、長崎県のみになりますが、少しこだわりが出てきて、広島県は、しまなみ海道ウルトラのスタートが福山だったのですが、ゴールは愛媛県の今治だったので完全ではない。
同様に、島根県のえびすだいこくウルトラもリレー方式で走ったので、スタートもゴールもしていないのです。
自分的に残る県は、長崎県、広島県、島根県の3県なので、来年はいずれか1県でも走れればと思っています。

陸王ロケ地を訪ねるマラニック

走友たちとこの押し詰まった年末に走ったのが、陸王のロケ地巡りマラニック。

東武線南羽生駅を降りて、まず向かったのが、こはぜ屋の勝虫の半纏を作っている工場、羽生と云えば藍染めで有名な地ですが、さすがに年末なので路上から見るだけでした。
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次に目指したのが、居酒屋「そらまめ」、毎夜のように陸王チームが相談したりケンカしたりしたところですね、ここも昼間なのでお休み中、それでも、橋のたもとで、宮澤社長が電話を受ける姿が浮かびました。
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行田市と云えば、古代蓮に古墳が有名です。
もちろん、行きました。
古代蓮の里では、田んぼアートがありますが、その稲で作られたのがこれ、八岐大蛇だそうです。
毎年、展示しているようで、なかなかのものでした。
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そして、サイクリングロードを走りさきたま古墳群へ、ここもドラマに出たところです。
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陸王のモデルというか、同時期に発売されたのが、足袋ランシューズのMUTEKI。
これを履いてマラニック中のランナーたちとすれ違い、写真を撮らせてもらいました。
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だいぶお腹が空いてきたので、町のなかのうどん屋、くしくも宮澤大地と同じ名の店「大地」で、わたしは年始バージョンのカレーうどんを食べました。エビ天に餅がついていて、もうお腹いっぱいになりました。
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お腹いっぱいなので、走らずに歩いて向かったのが、こはぜ屋。
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水城公園は、駅伝大会にこはぜ屋チームで参加、小さな橋の階段のところで結束したところ、わたしたちも真似してみました。
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そして、深夜、宮澤社長が悩みを払しょくするように走った公園でもあり、わたしもまねて水際を走りました。
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忍城は、のぼうの城で有名ですが、もちろん、陸王でも何回も観たところです。
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隣接して博物館があり、もちろん、年末で閉鎖中でしたが、あのミシンが置いてあるそうです。
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豊橋国際マラソンのコースの一部であろうところを経由して、MUTEKIのきねや足袋の会社へ、門が空いており、玄関口から展示している足袋シューズを撮りました。
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最後は、土産にと陸王煎餅、陸王饅頭を買おうとお店に行ったのですが、いずれも完売・・・、人気があるのですね~。
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都内に帰る組はここからバスで吹上に行き、そこから高崎線。
宇都宮線組は、行田市駅の時間が中途半端なので、次の駅に、その途中にある、蔵元へ。
ここは、村野と飯山が言い争ったところ、かなりマニアックかと・・・。

そして、秩父線の東行田駅から乗って、羽生駅乗り換えで久喜までと帰宅しました。
いや~、なかなか面白く楽しいマラニックでした。
走友たちが、その場面場面でセリフを思い出しながら、あるいは動作をして、みんなよく覚えているな~と笑いながらも感心してしまい、外を見ればもう夕べになっていました。

陸王ロケ地マラニック

はが路ふれあいマラソン

今年最後の大会参加は、第4回はが路ふれあいマラソンでした。
第1回からの連続参加で、真岡市、益子町、茂木町、市貝町、芳賀町と5市町村を巡れて、踏切横断があるという面白い大会です。
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過去3回は車でしたが、今年は駐車場遠かったので電車にしました。
宇都宮線で小山乗り換え、水戸線の下館で乗り換えて、真岡鉄道の真岡駅まで、乗り換え時間数分をうまく乗り切り、真岡駅からはシャトルバスで会場入り、6時半に我が家を出て充分に間に合いました。

着替え&荷物預けは、プール施設を利用するので風が遮断され快適でした。
さらに、このコインロッカーを利用するために、入り口で、100円玉をくれます、これは有難いし、得した気分です。

9時33分にスタート。
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この中途半端なスタート時間、なんでも踏切の通過時間を考慮した時間だそうです。
エイドは、大会が用意したもののほかに、地域の方々が提供してくれるものあり、嬉しかったです。
特にエイドのイチゴは美味しかった、5ヵ所ほどで食べたでしょうか。
温かいものとしては、味噌汁、甘酒、トン汁、蕎麦も頂きました。
また、11km付近では沿道の子供たちから手作りの貝のお守りを貰いました、嬉しいですね~。
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ハーフ手前でイチゴをたらふく食べて、折り返しの登りでは左手側に真岡鉄道があり、汽笛を鳴らした蒸気機関車とすれ違って、元気をもらいました。

後半はエイドに寄りっぱなしでグダグダになってしまいましたが、なんとか踏ん張り、遅いながらもこの大会のベストを更新する4時間15分でゴール出来ました。
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累積標高差282mと結構なアップダウンがあるなか、暑くなく、雪が舞うほどの寒さが味方したのだと思います。
これで、フルマラソン完走133回、今年のフルマラソン完走は12回でした。


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