気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

2010年05月

亀山社中

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 会社の同僚のご母堂が亡くなり、その葬儀が長崎市ということで、先週、長崎に行った。

斎場は、眼鏡橋で有名な川の側で、尚且つ、山に向かって歩くと15分ほどで亀山社中に行けることが分かった。

告別式まで2時間弱あるので、迷わず、亀山社中に向けて坂を登り始めた。

坂の名前は、「龍馬通り」という、道の途中の最初の案内板には「近藤長次郎」の由来が書かれていた。

知識がないのは恥ずかしいことで、この近藤長次郎は、てっきり架空の人物だと思っていたのだ。

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  狭い坂道を行くとやがて、その左手に「亀山社中の跡地」があった。

記念館は思ったよりもかなり狭い。

写真などの展示は別の場所にあるということで、そこまで足を伸ばした。

龍馬の写真と言うと、斜に構えた立ち姿でブーツを履いているものしか知らなかったのだが、何点もあるのには興味を引いた。

お土産は、龍馬ドロップ!

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アイガー北壁・気象遭難

 新田次郎が亡くなって30年になる。

作家自身はこの物言いが好きではなかったようだが、「山岳小説」という一つのジャンルで秀でた作家であることは間違いない。
今の人たちにとっては、「国家の品格」の著者、藤原正彦氏の父親と言った方が分かるのかもしれない。

新田次郎を最初に読んだのは、学生時代、加藤文太郎の生涯を綴った「孤高の人」だった。加藤文太郎の山への思いとその傾倒していく姿に衝撃を受けたことを覚えている、その後は、次々と読み続けた。
映画やドラマにもなった作品も多かった。

新田次郎が亡くなり、当然、新作も出なくなり遠ざかっていたが、昨年、「剱岳」を読み、山への気持ちが沸々とわいてきた。
そして今度は短編集「アイガー北壁・気象遭難」を読んだ。

アイガー北壁は、実際にあった話を、人名もそれと分かるぐらいにしか変えていないか、あるいは実名で書かれている。これだけしか読まないと今ひとつ実感が伴わないかもしれないが、他の作品と重ねて読むと、クライマーの性といったものがクローズアップされてくる。

書棚には、昔買った山の本がほこりを被っている。

たまには出してきて読み直そうかと思う。

オリンピックの身代金

 昭和39年(1964年)10月10日に東京オリンピックが開催された。

その時の私は中学1年生、当時は、川崎に住んでいたので、東京オリンピック開催にともなう都内の喧騒とは少し離れていたような気がする。それでも、日吉の山までは行き、東海道新幹線の工事現場を遊び場としていた。

そんな少年のころを思い出しながら読んだのが、「空中ブランコ」で直木賞をとった奥田英朗の「オリンピックの身代金」だ、長編を読むのは久しぶりだったが、一気に読んでしまった。

 

 本文中にある言葉として書評でも引用されているのが、「「おめ、アカなんだってな。おめは東大行くぐらい頭さいいんだがら、世の中を変えてけれ。おらたち日雇い人夫が人柱にされない社会にしてけれ」
・・・人柱という言葉に、国男は打ちのめされた。以前マルクスを引き合いに出し、苛烈な搾取構造の中でも屈託のない飯場の労働者について、不思議でならないとの感想を自分は抱いた。しかしそれは過ちだった。彼らはちゃんと現状を認識している。戦う術を知らないだけなのだ。」

 オリンピック開催に向け、東京は世界に冠たる大都市に変貌しようとしている。

この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていないような風潮だった。

そんななか、東京で相次いで爆発事件が発生。

同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた。 

警視庁の刑事たちが事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ……。

 

 物語には日付が記され、日にちは前後しながらも、犯人側の視点、警察の視点、双方から書かれている。秋田の田舎出の東大院生が、出稼ぎしていた兄の死から、その当時の混沌とした世の中のあらゆる事象に遭遇し、テロリストとして行動を起こすまでの気持ちが迫ってくる、今の世の中、東京と地方、富むものと貧しい者、東京オリンピックがその起点の一つだったのかもしれないと思わずにはいられない。

奥田英朗という作家は裏切らない、面白い本だった。

 

伴走練習&BBQ

タンスの肥やしになっているマラソン大会参加の参加賞Tシャツを寄付するため、タンスをひっくり返し、出てきた出てきた、大きな手提げ袋二つに満杯になるまで入れた。 

 

 そして、爽やかな天気のなか、渡良瀬遊水地で、久喜啓和寮の方々との伴走練習会とバーベキュー懇親会が行われた。

 今回の相手は、2年振りだろうか?東京荒川市民マラソンでも伴走したことがあるS君だ。長らく腰を痛めていたのだが、ようやく走れるようになったようだ、相変わらず、インターバル走的な走りで、絶えず併走を心がけると疲れてしまうので、いざとなればダッシュ出来るぐらいの距離を保って走った。

遊水地を最初は大きく、二回目はバーベキューの時間もあるので小さく回り、約12kmほど走った。良い天気で汗もかき、公園の水道の蛇口をひねり、水をぶっかけた時は気持ち良かった。

 

ビールを頂きバーベキューを満腹まで食べ、気持ち良くて寝てしまいたいくらいなった。これで、今シーズンの伴走ボランティアは終わり。

来シーズンは、11月の古河ハートフルマラソンからになるので、しばらくは自分のレースに専念しよう。

 それにしても、久喜啓和寮の職員の方々、仕事と言ってしまえばそれまでだが、よく動き、礼節をわきまえている、まだ若い人たちばかりだが、本当に頭が下がる。

 

 

安政遠足の伴走者を見て!

 この間の日曜日に群馬県安中市で行われた「安政遠足侍マラソン」に参加しました。
仮装が有名で全国ニュースにも流れます。

この大会は峠コース(約30km)と関所コース(20km)があるのですが、関所コース手前までは、同一のコースとなります。

 
その関所コースのゴールの1kmほど手前でしょうか?ロープを繋いだ伴走者がわたしを追い抜いて行きました。この場所は、国道18号線でコースは歩道なので、わたしも歩道を走っていました。彼らは、対向車が来る中を車道を走って行きました。
警察官などが歩道に入るように促しても、そのまま車道を走っていました。
確かに歩道はせまく、とても二人が並列して走れるところではありません。
しかし、これは明らかにルール違反です、障がい者だからといって、なんでも許されると思っているのでしょうか、非常に不愉快な思いをしました。

 
心ない障がい者と伴走者によって、万が一事故などがあったら、歴史ある大会の継続が叶わなくなってしまいます。

 
ある大会によっては、要綱に、このコースは段差があるので障がい者は参加できませんなどという記述を見かけることがあります。
安政遠足のようにスピードや順位を競わない楽しい大会まで、このような記述がでてきたら、ただ楽しみたいという障がい者の参加の門戸を閉ざすことになります。

障がい者の方、伴走者の方、順位を競いたいのなら、そのようなコース設定されている大会に参加してください。

これは、マナー違反でなく、ルール違反です。

アリス・イン・ワンダーランド

 連休中に「アリス・イン・ワンダーランド」を観た。

観た場所は、モラージュ菖蒲というところで、先々月までは菖蒲町、先月から同じ久喜市となったところだ。

なぜ、モラージュ菖蒲なのか?

この大型ショッピングセンターのなかにあるシネコンが、IMAXシアターなのだ。

3Dのアバターでは、この田舎町にわざわざ都内から来た人が相当いると聞いた。

唖然とするらしい、映画ではなく、田んぼと畑のど真ん中にある巨大ショッピングセンターにだ。

日本には4館しかないようで、以前は東京都内にもあったようだが今はない。

 

IMAXも3Dも初めてだったが、巨大スクリーンに映し出される映像は奇麗で、3Dも十分堪能できる、ストーリも面白かった。

3Dを前提とした映画は今後次々に増えるのだろう、今まで以上に見せかたにこだわった作品が出てくるのだろうが、肝心なのはやはりストーリだ。

 

3DTVも販売されだしたが、寝転がって観たいので、まだまだ私には必要ない。

第36回安政遠足侍マラソン

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 昨日、第36回安政遠足侍マラソンに参加した。

 

今回が3回目だが、いずれも三度笠の仮装での参加になる、最初に参加した6年前には、インタビューなど受けたが、今ではアイデア満載の仮装ランナーが多く、三度笠などは、ごく普通の仮装になってしまっていた。

 

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そもそも、この侍マラソンは、日本でもっとも古いマラソンにちなんで行われている。

 

今年で36回を数えているが、多くのランナーが仮装をして走るということでテレビニュースなどでもよく知られている。

 

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最古のマラソンの所以は、江戸時代後期の安政2年(1855年)に、安中藩の藩主、板倉勝明が、藩士を安中城から碓氷峠まで競わせた「遠足」について記した古文書が、1955年に地元の旧家から発見され、組織的に競った、つまり競技としてのマラソンの記録としては最古とされたところからきている。

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コースは、群馬県安中市の旧中山道沿いに行われ、碓氷峠越えの約30kmコースと、峠ふもとまでの約21kmのコースの二つあるが、わたしは前回に引き続き、峠コースを股旅三度笠の格好で走った。

 

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 いつもと同じく、色々な仮装を見て、話しをして、楽しみながら、ゆっくりと抜きながらのランになった。

太陽が照りつけ、仮装でも被り物をしているランナー達は、息も絶え絶えというような感じで足を運んでいた。色々な仮装の方たちがいるが、やはりその時々のトレンドを象徴する仮装がある一方、侍・武士の格好や、物なる仮装などもあった。

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横川の関所を越え、峠に入ると、ランナーもぐっと少なくなる。また、沿道の応援はないが登山者が声援を送ってくれる。

連休中の山登りの疲れが残っているのか、舗装路は快調に進めたが、山に入ったらほとんどが歩きになってしまった。

 

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ゴールは、熊野神社(旧軽銀座の山に進んだ場所)、茶店が数箇所あり、食券を使い、蕎麦と餅をいただける、かけそばと辛味餅に舌鼓をうった。
そしてバスで会場まで送ってもらったが、疲れもあり爆睡、そして、最後に、入浴券で、礒部温泉のめぐみの湯に浸かり帰路についた。

食事と温泉がついて、しかも大いに楽しめて、良い練習にもなる、良い大会と改めて思った。

蓼科山

昨日と同じく4時過ぎに目覚めた。
やはり寒くほとんど寝られなかったが、何故か眠気も疲れも感じなかった。
今日は、横須賀の実家に行かねばならないので、昼には中央高速に乗りたいと思い、今回の蓼科山は7合目から登ることにした。
7合目の駐車場で、コーヒーにチキンラーメンを食べた。
チキンラーメンは何回食べても美味い。
 
頂上を見上げると一面の雪なので、これは遊べると思い、今回初めてピッケルを持った。
10分ほど歩き、凍結面がでてきたのでアイゼンを付けた。
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瑞牆山・金峰山に比べると、この登り口は北側ということもあり残雪は多い、高度をあげると凍結部分は少なくなるが、それでもアイゼンがないと往生する。
 
蓼科山は八ヶ岳の最北に位置するが、単独峰と言っても良い、何しろ八ヶ岳の連なる頂きが間近に見えるのが圧巻なのだ。
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単独峰なので、当然登り一辺倒だ、雪が深くなっていく、将軍平の広場から上を見ると雪一色だった。
てっぺんからロープが一本すーと伸びてきている、ガスったりしたら、登下山のこれが命綱となるのだろう。
 
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下ってくる登山者たちをカメラにおさめながら、足を上げて前に進んだ。
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広い頂上は岩だらけですき間に雪がある手度だが、やはり景色が素晴らしい、この3日間、良い天気で良かった。
 
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アイゼンを外し広い頂上を散歩する、浅間山は間近だ、北アルプスも拝める、しかしなんといっても八ヶ岳が美しい。
名残惜しかったが、下山する。
山小屋が開いていたので、今まで一度も買ったことがないカウベルを買った、これで次の熊対策になれば良い。
途中でカモシカを見たが、蓼科には熊はいないのだろう。
 
楽しい3日間の山行だった。
次はどこへと思いながら帰路についた。
 
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蓼科山下りで、グリセードに使ったピッケルと三日間とも重宝した軽アイゼン。

金峰山

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 4時を過ぎると外がほのかに明るくなり始めた。
4時半には起き、車の外に出る、寒い。早速お湯を沸かし、コーヒーにチキンラーメンが朝食だ、体の内側から温まった。
昨日と同じ麓に車を置き、6時3分に歩き始めた、富士見平までは昨日と同じ登山道になるが、既視感はあまりせず、道標のみが同じ道だという感じだった。
 
富士見平小屋を後にし、大日小屋に至る道には残雪が残るものの大したことはなかった。しかし、この小屋を過ぎて暫くしたら、雪の量も多くなり、凍結している個所も増えてきたのでアイゼンを付けることにした。
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 途中、下山者から、2,200m付近で熊の足跡を見たから注意してくださいと言われた。注意と言われても、カウベルなど持っていないので、仕方なく、ウェスタンカップのなかに車と自宅のキーを入れ、それをベルトに付けて、手でジャラジャラとさせながら歩くことにした。
この二日間、手に何も持っていないのは私ぐらいか、多くの登山者がストックを持っていた。何か便利そうに感じるが欲しいとは思わない。
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高度を上げるごとに残雪が徐々に多くなってきた。
熊の足跡の2,200mも過ぎた。
軽アイゼンでの歩行は、ランニングのフラット走法に似ている。
4本爪は足裏の中央部分の足踏まずのあたりに装着するので、かかと着地だと滑り止めにならない、あくまでも体の重心を足裏に意識して足を踏み込む、まさにフラット走法と同じだ。
 森林限界かハイマツ帯に入る、さすがに疲れたので、休憩しソイジョイを食べた、前方には金峰の頂きが見える。
 
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 やせ尾根とまではいかないが、風などがあったら危ない個所もあり、残雪もだいぶ深くなっていくなかを進んだ。
 
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 少しの休憩でもだいぶ違う、なんなく頂上を踏むことが出来た。
 
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 昨日よりも高度が高いだけに景色も素晴らしい、富士山もくっきりと見え、八ヶ岳・南アルプスの美しさも際立っていた。
風を岩で避けて、昼食のパンを食べる。
 
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 当初は山小屋まで行こうと思ったが、ここから15分ほど掛るので、このまま下山することにした。
 
雪を踏みしめ下山する、雪が終わって欲しくないよう気持ちで足を運んだ、ハイマツ帯を除けば、樹林の中の雪なので凍結に注意しなければならない。
 
 
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 あっという間に下山、明日の北八ヶ岳・蓼科山に登るため、早々に車を動かし、麓である女神湖を目指した。
 

瑞牆山

 自宅を朝の5時に出た。一般道から圏央道・中央高速経由、長坂ICから増富ラジウム鉱泉を経て瑞牆山荘に着いた。
連休は始まったばかり、しかも今日30日(金)は仕事をしている人もかなりいるのだろう、瑞牆山荘近くの無料駐車場も空いている。
手早く準備を済ませて、9時4分に歩き始めた、軽アイゼンは持ったがピッケルは車に入れたままにした。
久しぶりの山歩きで、気分は高揚している、白樺林の静けさの中に鳥のさえずりが聞こえる。
徐々に高度を上げて、いったん林道と交差する、その場所に「熊」注意と書いてあったが、音の鳴るものを何も持っていなかった。
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それほど速い歩きではないはずだが、一人二人と抜いていくことになってしまった。
富士見平手前に水場がある、ここでウェスタンカップを取り出し冷たい水を飲んだ、美味い。
歩き始めて36分、富士見平に着いた、標準タイムが50分なので、まずは順調な滑り出しだ。
ここで、真っすぐ進むと明日登る予定の金峰山だが、今日は左に折れて瑞牆山に向かう。
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折角、ここまで高度を上げたのだが、天鳥川を渡るため一度下る。あとは登り基調になり、日差しが当らない登山道では雪がチラホラ見えてきた。
しばらくは慎重に足を運べば、我慢できるような状態だったが、最後の鎖場の急坂では、さすがに登山道もツルツルで、ここで軽アイゼン(4本爪)を付けた。
 
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 一気に駆け上がり、瑞牆山の頂上に立てた、大きな岩だらけの頂上だった。
駐車場からは2時間12分、標準タイムが2時間50分なので、ほぼ目論見どおりの時間となった。
 
遠く南アルプスや八ヶ岳の連なる頂上の雪が綺麗だ、富士山も霞んでいるが分かる。そして明日、登る予定の金峰山もまた残雪が見えた。
 
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11時半前だが、この絶景を眺めながら昼食とした。
凍っている登山道は、下りの方が怖い、気をつけなければいけない。
途中、アイゼンを持っていない若者たちに出会う、鎖場を腕力で登ろうとしていた。
 
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無茶な話だし、華奢そうな女性もいるので、これ以上は無理だろうと思ったが、口は挟まなかった。
途中、道を間違え林道に差し掛かってしまったが、直ぐに引き返し、2時間弱ほどで無事下山できた。
 まだ、だいぶ日が高いので、お湯を沸かし、コーヒーを飲む、非日常的な世界で飲むコーヒーもまた味わい深いものがあった。
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増富ラジウム鉱泉まで戻り、ぬるい鉱泉に入り、時間をつぶし、18時には食堂で「ほうとう」に日本酒で舌鼓、そのまま食堂前の無料駐車場に止めてある車で夜を明かした。
外気温3℃、思いのほか寒く、ほとんど寝れなかった。

単独行

 ここ5年ほどは、山口県で開催される萩往還マラニックに参加していたが、今年は、昨年のうちに定員となり参加が閉め切られてしまった。

 

そこで、久々に山に登ることにした。

 

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        <2010/05/02蓼科山の将軍平にて>

  

どこに行くか日本百名山を見ながら色々と検討した。

久しく単独行はしていないので、装備も古く、まず縦走は避けることにした。

そして、この季節ならということで、残雪を踏みたいが、あまり危険でないこと、この時期だと3,000m級の山だと、かなりの残雪があり、やせ尾根だと滑落の危険性があるので、2.500m程度の山とし、頂上での展望が良いことを条件とした。

 

結果、二泊三日の山行にするが、縦走でなく麓に戻ることにし、奥秩父の金峰山(きんぷさん)2,595mと瑞牆山(みずがきやま)2,230m、それに八ヶ岳の蓼科山(たてしなやま)2,530mにした。

金峰と瑞牆は、増富ラジウム温泉から瑞牆山荘まで車で入り、無料駐車場に車を止め、ここから富士見平小屋までは同じルートをたどる。

蓼科は、車で2時間ほど移動しなければならないが、この時期に登るには最高の山なので躊躇なく選んだ。

 

4月30日朝の5時に自宅を出て、その日に瑞牆山に登り、翌5月1日が金峰山、2日が蓼科山とした。

それぞれの山行記をこれから記す。

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