気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

2010年11月

第35回河口湖日刊スポーツマラソン

今年のフルマラソン参加が、この大会で、5回目になる。

朝5時に起床、外は暗く、だが富士山がくっきりと映えていた。

朝食は5時半、30分ほどで食べ終え、走る格好に着替えた。

寒さ対策として、長袖のTシャツにランシャツ、アームウォーマ、ロングタイツに帽子に手袋と完全だ。

6時半にはホテルを出て、会場に入った。

荷物を預け、トイレに行き、スタートラインに並ぶ。

これが往生した。

わたしと走友は陸連登録なのだが、既に多くのランナーが並んでいる最後尾から最前列まで行かねばならない。

「すいません」と声をかけながらやっと陸連ブロックに着いた。

7時30分にスタート。

河口湖大橋を右手に見て、左折すると上り坂の前方には雲ひとつない富士山が大きく見える。

見事な富士を眺めていると顎があがり、上り坂なのもあって息がゼイゼイとなてきた。足が思うように運ばない。

朝が早いせいだろうか、どうも調子が良くない、右腰にも違和感がでた。

あっという間に6分/km以上となってしまった。

ゆっくり行くと言っていた走友にも早々に抜かれてしまった、サブフォーのペースメーカーの方にも抜かれた。

登りを終え折り返して下りになる、やっと息が整いタイムも5分台半ばに戻ってきたが、相変わらず走りのバランスが悪い、足底筋の痛みが早くも出だした。

 

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GARMIN 405CX

 

河口湖大橋を渡り対岸に出ると、反時計回りに走る、湖を通して富士山が美しい。

当初は、この湖を2周回は飽きると思ったのだが、そんなことはない、もう一度ここを通って富士山が見れるという気持ちの方が勝っていた。

給水と給食は申し分ない、応援も多くはないが熱心だ。

私設エイドも何箇所かあった。

ハーフ(21.0975km)地点をちょうど2時間で通過した。

最近、心がヤワになっていたので、今日はとにかくどんなに遅くても歩かないと決めていたが、給水では飲みながら10mほど歩いてしまった。

足が攣りそうになり、立ち止りストレッチをした。

トイレに1回寄った。

これ以外は、とにかくランニングポーズをとり走り続けた。

2周回めも終わりに近づき、ラスト5kmは必死だった。

強い気持ちが少し戻ってきたかもしれない、息が荒くなってもお構いなしでゴールを目指した。

記録は、4時間20分01秒 3120位/8059人だった。

 

前泊したのが、河口湖パークホテルなのだが、ランナーに優しい。

夕食には、天ぷらなど揚げ物がつくことが多いが、全くない。朝食もバランスがとれているが、何よりもパンが2個にバナナ2本が用意されている。

出かけのフロントにも置いてあったが、さすがに沢山は要らない。

荷物は部屋にそのままで、走り終えて戻り、温泉に浸かることができた。

大会が用意する入浴券での温泉ではランナーが多すぎてこんなにゆっくりは出来ないだろう。

富士山に河口湖の紅葉、そして足腰の痛みは相変わらずだが、強い気持ちが少し戻ってきたかな・・・満足な一日を過ごせた。

 

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河口湖にて

明日、11月28日は、第35回河口湖日刊スポーツマラソンだ。

この日の当初の予定は、つくばマラソンだったのだが、エントリーが殺到したようで、あっという間に定員に達してしまい、申し込むことができなかった。

走友にも誘われ、河口湖の方が、日にちが遅れてのエントリーだったので、これに申し込んだ。

この大会は初めての参加だ。

寒いのは苦手だし、スタートが7時30分と早いことから、前泊することになる。

観光地なので、その宿の確保も大変なことから、この有名な大会の参加は今まで躊躇していたのだ。

大宮駅からホリデー快速河口湖に乗り河口湖駅まで乗り換えなしで午前11時には着いた。 チェックインには早いので、河口湖大橋を渡り対岸の美術館に行くことにした。 まずは腹を満たそうと、ほうとう不動で熱いほうとうを頂いた。 木の花美術館に河口湖美術館を見学した。 河口湖美術館には富嶽36景の葛飾北斎や中島千波の富士山を一杯鑑賞できた。 その後、ナンバー受け付けを終えホテルにチェックイン、温泉に浸かり明日への英気を養った。

忙中閑あり、東京散歩

11月21日は結婚記念日になる。

当日はマラソンに出かけてしまったので、今日23日勤労感謝の日に都内まで出た。

朝方、雨模様だったので出かけるのが遅れ、まず行ったのが目黒駅前の鮨屋だるま屋、ここで寿司ランチ1.5人前に熱燗を頂いた。

次にブラブラと高輪方面を歩く、自然園など銀杏が良いらしいが、ここは素通りした。

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次に向かったのが、神宮外苑だ。

銀杏が見ごろで見事だ。

見物客も大勢いて賑わっている。

係りの人がここは車道です、立ち止って写真を撮らないでください叫んでいたが、大勢に人はお構いなしに写真におさめていた。

屋台をひやかし、信濃町まで歩き、甘いものを食べようと千疋屋に寄った。

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スペシャルフルーツパフェとフルーティあんみつを頼んだ。

千疋屋だけあって、フルーツがとても美味しい、疲れた体に甘いものが浸みわたる。

忙中閑あり、東京散歩も良いものだ。

それにしても東京は緑が多いと感じた。

 

第35回よこすかシーサイドマラソン

よこすかシーサイドマラソンは、昨年に引き続き今年で7回目の参加になる。種目はハーフに参加、雲の間からは青空ものぞき、寒くはなかった。

会場は、横須賀中央駅から徒歩10分ほど、今、NHKで再放送中の坂の上の雲ともゆかりがある「戦艦みかさ」がある公園になる。

この場所は何回も来ているし、それこそ子供のころは、ここから船で猿島に渡りよく遊んだものだ。
走る格好は、半そでシャツにアームウォーマ、ランパンに着圧ストッキング。左膝と両足底にはサポータをした。

今回は、夏に開催された小布施の大会参加仲間が一緒だったので、その時の仮装に使ったフグの被りものを頭に被って走った。

8時 45分にスタート、暫くいくと一度ループでスタート地点近くまで戻り、それから観音埼を目指す。故障で参加を見合わせた走友が大きな声で応援してくれる。沿道の応援はそう多い方ではないが、子どもたちは、わたしの格好を見て「さかなくん」と呼んで声援をくれた。

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GARMIN 405CX

 

猿島を眺め、やはり子供のころによく 泳いだ馬堀海岸、走水海岸を経て足を進める。ここまでは5分/kmを少し切るペースで足が運べた。
海岸沿いだから平たんと思うと大間違い、結構なアップダウンがある。息も上がってくるなか、観音埼ホテル、美術館を過ぎて登りのトンネルを過ぎてしばらく行くと折り返しとなる。この間も、なんとか5分少々で走ることができた。

すれ違う走友に声をかけることもでき、走るのが楽しい。
15km手前の登りを終えて、スピードを上げる。
5km手前で10kmのランナーと合流する、ファンランが多いのか抜きまくりとなって面白いように足が運んだが、ラスト1kmで突然足が止まってしまった。

なにか、力が入らず腰が抜けてストンと下に落ちる感じで、急ブレーキがかかってしまった感じでゴールに入った。
タイムは、1時間46分09秒と不調だった昨年より6分以上縮まった。

天気:晴、気温13.0℃、湿度71.2%、北西の風2.0m

 

仲間全員が走り終えて、どぶ板通りに向かった。

仲間の一人のお母さんが、学生時代のクラブの一年後輩ということが分かり会いに行った。

学生時代よりスリムになり、良い年齢を重ねたという印象、お互いの同期のことなど話し旧交をあたためた。

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マラソン参加には反省会がつきもので、連れて行ってもらったのが大滝町にある「なぶら」、ビールにお酒に、そして朝獲れたという「生シラス丼」、横須賀の街中で食べれるのが嬉しい、大変美味しかった。

なぜ走り始めたのか

「走ることについて語るときにクマの語ること」その3

1995年は、1月に阪神淡路大震災があり3月に地下鉄サリン事件があった年になる。

そんな大変な1995年の夏にわたしは走り始めた。

 

きっかけは幾つかある。

一つは運動不足と食べ過ぎで体重が増え続けて、自分で適正体重であろうと思っていた、65kgをはるかに超えて73kg程まで達した。

さすがに自分が重たいもんだから駅での階段の上り下りなどは息苦しくなったりしていたということがある。

そして、夏休みに家族旅行で京都に行くことになった。

子供は、長女、長男、次女と三人で、その当時で、長女でもまだ中学生だった。

彼らの旅行の際の小遣いとして、女房が提案したのが、自宅の隣の公園、沼井公園というのだが、その公園の遊歩道600mを周回したら、その度ごとに旅行のお小遣いを上げるというものだった。

小遣いとは無縁だが、わたしも一緒になって、この沼井公園をゆっくりと歩く様な感じで走り始めた。それでも夏の暑さもあり、13周が限度だったと思う。

タレントの間寛平がマラソンを走るのは以前から知っていた。ただ、走る姿を見たことはなかった。

京都旅行の際に、たまたまテレビで観たのが、阪神淡路大震災の被災者の一人として24時間テレビで、神戸から東京までの600kmを走っている姿だった。

この時、自分も公園などでなく普通の道路を、流れる景色のなかを走ってみたいと思った。

 

京都旅行から帰って、子供達はもう走らなくなったが、わたしは、会社から帰ってから夜遅くに公園を走り始めた。

600mの周回を5周程度から、長い時には5km程度まで走れるようになってきた。

今までさしたる運動をしてきた訳ではないので、走るたびに体重が減っていった。季節は夏から秋へと向かっているので、気候的な走りやすさも加わっていたと思う。

ストレスの解消にもなり、体重が減り、季節が感じられる爽快感が何ともいえなかった。

 

 

土木の日

11月18日の今日は、土木の日だ。

なぜか?この月日の数字を漢字にして、重ね合わせると分かる。

十一は、重ねると「土」になる。

十八も、重ねると「木」になる。

そう、だから十一月十八日は、土木の日なのだ。

土木は、「コンクリートから人へ」のスローガンのもと現政権では悪者扱いだ。最近は少し雲行きが変わってきたような気がするが、たぶん、知識がない議員さんにとって根っこは同じだろう。

そんな議員さんたちに見て欲しいものがある。

 

小樽港の北防波堤だ。

 

9月に北海道の土木遺産を訪ねる機会に恵まれ、小樽港の北防波堤を見学した。

廣井勇博士が担当した、小樽港築港の第一期工事北防波堤が凄い。

博士は、築堤の工法として、スローピングブロックシステム(方塊傾斜積工法)を考案したことでも有名だが、むしろ、わたしが驚いたのは、コンクリートの長期耐久性を検証することが重要と、目標期間を50年に定め、供試体を60,000個も用意したのだ。

結果、不定期ではあるものの、平成12年(2000年)までの100年間にわたり耐久試験は行われたそうで、これらの情報は貴重な財産となり、維持管理など有効活用されているという。

今だったら、この60,000個は、きっと事業仕分けされてしまうのかもしれない。

 

温故知新、今こそ先人たちの知恵と勇気を学ばないといけない。

 

コストパフォーマンス

「走ることについて語るときにクマの語ること」その2

今日は、いきなり下世話なのだが、お金について、そうコストパフォーマンスについて書いてみる。

 

日本ではマラソンというと、お馴染みの距離42.195kmのマラソンはもちろんのこと5km10kmあるいはハーフマラソンのレースでもマラソンと呼んでいる。

そのなかで、特に42.195kmの距離をフルマラソン、これ以上の距離をウルトラマラソンと呼ぶ人が多い。

 

そんなあらゆる距離をひっくるめて、わたしが16年間に渡り、参加したことがある大会は、360大会ほどになる。単純に割り算をしてみても、一年に2223大会ということになる。

そのうちフルマラソンは、78回の参加を数えている。もちろんスタートラインに立ち、走り始めたがゴールまで辿り着けなかった、完走できなかった大会や、障害者の伴走では大会参加費を払わず(免除される)に参加してきた大会も含んでいる。

あと、僅かであるが、トライアスロン、デュアスロン、アクアスロン、それに山岳マラソンにも参加したことがある。超長距離のウルトラマラソンでは、制限時間48時間で距離250kmという大会に出たこともある。

 

360回の大会参加と書いたが、大会参加費がたとえば3,000円とすると、全部で1,080,000円になる。

4,000円だと1,440,000円だ。もちろん3,000円以下の大会もあるが、高いものは30,000円という大会もある。

ここ最近のランニングブームの発火点といわれる東京マラソンの参加費は、10,000円だ。

これらの費用が高いか安いかは、そもそも走り終えたあとの充実感によるところが大きいので一概には言えない。3,000円で高いと思ったこともあるし、30,000円で安いと思ったこともある。

かかる費用は、大会参加費のほかに大会に参加するために移動する交通費や、日々の練習でも履くシューズやランニングウェアなど、その購入費を加えたら、さらに大きくアップする。

うーん、これ以上は計算しないことにしよう。

 

ところで、大会参加のエントリーをする際に、コストパフォーマンスを考えることがある。

多くの大会では、エントリーする際に距離(コース)を選ぶことができる。

たとえば、ハーフマラソン(21.0975km)で3.500円、10km3,000円の参加費だったりする。

するとどうなるか、キロ当たり単価をだしてみる。ハーフマラソンは165.9/kmで、10km300/kmになる。

同じ交通費を支払って会場まで行くなら、これはもうハーフマラソンの選択しかない訳です。

わたしの場合、5km10kmの記録が欲しい場合には、もちろん、これらの距離を選択するが、そうでなければ、できるだけ長くて、しかも安い、コストパフォーマンスの高い距離というのが一番の選択だと思っている。

先月は、同じ交通費を使うならと、土曜日に上越市で行われた「えちご・くびき野」で50km走り、翌日の新潟シティマラソンでフルマラソンを走った。

とても得した気分だ。

 

長い距離はそれなりに大変なこともあるが、何よりもそれだけ周りの風景に接していられる。季節を感じ、沿道の方々との接点ができる、そして、何よりも走るのが好きだからなのかもしれない。

 

 

走ることについて語るときにクマの語ること

201011月初旬、ひと月ほど前までは、まだ夏を思わせる陽気だったのだが、さすがに木々も色づき、朝晩は冷え込むこともある。朝、駅に向かう人、深夜になって家に帰る人たちはコートを着ている、そんな季節になってきた。

運動をしても大した汗をかくでもなく、寒くもない、まさにマラソンシーズン真っ盛りの季節となってきた。

 

ちょうど今、読んでいる本がある。

風呂に入りながらと寝る前に読んでいるのが、浅田次郎著「勇気凛凛ルリの色」シリーズ、通勤時に新聞のほかにゆっくりと繰り返し読んでいるのが、村上春樹著「走ることについて語るときに僕の語ること」になる。

 

それぞれの内容については、ネットで書評などを見てもらえれば良いのだが、わたしとしては内容もさることながら、自分自身の今までの経験や考え方を文字に表すというところに共感を覚えた。わたしなら何が書けるかと自問したら、やはり、それは「走る」ということでしょうという声が聞こえてきたような気がした。だから、ランニングライフについて書いてみようという気になっている。

 

なぜ走り始めたのか、なんでこんなに走るという一見、退屈そうなことが続いているのか、そんなことを書いてみたいと思っている。

どこまで書けるか、いつまで続くかは分からないが、わたしも今ではアラカン、そう来年の8月で還暦になる。

電子出版が急速に進んでいるので、早晩、自費出版の電子版ができるものと思う、たぶん紙ベースの本よりはだいぶ安いはずだ。還暦になった暁にはこれらをまとめて配信できれば望外の喜びだと思っている。

 

 ひとまず、次の次ぐらいまでは書くつもりなのだ。

本のタイトル?それはやはり村上春樹さんのタイトルをそのまま頂き「走ることについて語るときにクマの語ること」になるでしょうね。

 

低山トレイル

自宅から一般道で1j間ほどのところ、東北自動車道佐野インターから栃木方面に行ったところに、岩舟総合運動公園がある。

ここの駐車場に車を置き、低山トレイル、太平山の縦走の練習をした。

まずは、駐車場の裏側、なにも標識がないが、何度か下った事があるので登り始めることができる。

この辺りの標高が40m程度か?

まずは、大明神山を目指した。

この山で人とすれ違ったことはないので、女性一人で心もとないと思う。

急坂なので、走れずあるくこともしばしばだ。

頂上は狭い、ツイートとして、すぐに馬不入山に足を進めた。

途中、林道を横切る、高度は上がっているので、この程度のアップダウンなら走れる。

馬不入山でも携帯のアンテナは一本だったがツイートできた。

次が、晃石山、ここは全くアンテナが立たなかった。

この晃石山山頂が、この縦走路のなかでの最も標高があって、419mになる。

コンロでお湯を沸かしているパーティがいた、そう山でも暖かい飲み物が欲しくなる季節だ。

ここから太平山までは、ハイカーとスレ違うこともあるが、全体的に静かな山なので清々しい。

太平山から太平山神社まではわずか、神社でお参りし、そばの茶店で名物の団子を頂いた。

本当は、玉子焼きに焼き鳥に団子のセットが有名なのだが、先を急ぐので団子のみにした。

ここから、駐車場までまた登り返す。

行きでいずれも頂上を踏んだので、帰りは巻き道を通り、だいぶ時間も稼げた。

馬不入山からの下りは、ルートを変えてショートカットした、それでも駐車場に着いたのは17時前、着替えている最中に山陰に日が沈み、夕焼けがきれいだ。

距離はおよそ、16km。平地では使わない筋肉を酷使出来て良かった。

 

ガーミン405CXでの走行軌跡

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告白

 本屋大賞や映画で話題になっていたのだが、なかなか手に取ることがなかった湊かなえ著「告白」が文庫化されていたので読んでみた。

予備知識が全くなかったので、第一章の聖職者を読んで、なんだこれは短編なんだと誤解してしまった。

その先を読んでいくと、一つの事件が、先生から旧友、犯人、犯人の家族へと立場を変えて語らせている。

そこから見えてくるものが、立場によって違ってくる。自己顕示欲であったり自分中心であったり、それは、わが子を殺された教師も同じだった。

この作家の文章力は高いのかもしれない、ストレスなく一気に読んでしまった。

ただ、読後感が爽やかかというと決してそんなことはない。

今の世相を考えると、この小説のようなことが、どこで起きてもおかしくないと思う恐ろしさが残った。

 

プロジェクトJAPAN~未来をつくる君たちへ~

 11月3日(水)文化の日、テレビのチャンネルをたまたまNHKに合わせたところ、やっていたのが「プロジェクトJAPAN~未来をつくる君たちへ~」だった。

NHK ONLINEのホームページから番組紹介をそのまま引用する。

『司馬遼太郎作品に登場する歴史上の人物から「生きるヒント」を学ぶシリーズ。1回目は司馬さんの長編「翔ぶが如く」に登場する西郷隆盛と大久保利通の生き方を探る。幕末の薩摩藩に生まれ、幼少期から友情を育んだ二人は、世の中を変えたいという同じ志で明治維新を成し遂げるが、新たな国づくりをめぐって次第に対立していく。歴史学者の山内昌之さんが、鹿児島の中学生と、志とは何か、ほんとうの友情とは何かを語り合う。』

 

山内先生が中学校の教室で、西郷隆盛と大久保利通のどちらが好きかと生徒に尋ねたところ、圧倒的に西郷隆盛だった。

そこから、この二人の関係、友情、情と理、夢と志へと授業は展開していく、その後に、今、この日本の首相としてふさわしいのはと問うたところ、大久保利通が今度は圧倒的な支持を得た。

生徒たちは、街に出て、これらの問いかけを大人たちにしていく。

今どきの中学生、あるいは、鹿児島の中学生、柔軟ななかにも芯が通っていて良いじゃないか。

 

そして、自分自身がどこかに置き忘れてしまった「情と理」「夢と志」の持つ意味を改めて思い返すきっかけになると思う。

 

NHK ONLINEのホームページはこちら

http://www.nhk.or.jp/japan/program/prg_101103_4.html

 

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