気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

2010年12月

今年一年のマラソン大会

今年のマラソン大会は、1月10日の高根沢町元気あっぷマラソン(栃木県)を皮切りに、昨日の足立ファミリーマラソン(足立区)まで、32大会に参加した。

北は、北海道の余市マラソン、南は、鹿児島のランニング桜島といずれもハーフマラソンになる。

フルマラソンは、長野マラソン、北海道マラソン、新潟シティマラソン、しまだ大井川マラソン、河口湖日刊スポーツマラソン、奈良マラソンの6大会で、8月以降に5大会と際立っていた。

ハーフマラソンは、11大会、今年初参加の大会が多かった。

二日連続の出場は、2月の東京・赤羽ハーフマラソンに青梅マラソン。8月のニトりファミリーマラソンに北海道マラソン。そして10月のえちご・くびき野マラソンに新潟シティマラソンになる。さすがに二日目の走りには厳しいものがあった。

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三度笠の仮装姿で走ったのは、5月の安政遠足マラソンに10月ののえちご・くびき野マラソンと新潟シティマラソンだ。

フグの被りもので走ったのが、小布施見ニマラソンによこすかシーサイドマラソンだ。

障がい者伴走での参加も、1月の白岡新春マラソン、3月の藍の町羽生さわやかマラソン、4月の行田市鉄剣マラソンの3回になる。

毛色が変わったところでは、7月の山形の葉山山岳マラソンに9月の武蔵野アクアスロンだろうか。

32回のうち、唯一リタイアしたのが、9月の雁坂峠越え秩父往還143kmで、左膝を痛め67.5km地点でリタイアした。

参加した種目は、5km、10km、ハーフ、30km、フル、50kmと満べくなく走った。

今年は故障続きで、満足なタイムは得られなかったが、それでも走れる喜びはひしひしと感じた。

2011年度は、マンションの管理組合の理事になることもあり、大会の参加数は激減するだろうが、連続参加にこだわりつつ新しい大会も探して行きたいと思っている。

 

第1回足立フレンドリーマラソン

 第一回ということで申し込んだ大会で、種目はハーフマラソンだ。

ナンバーカードと計測チップは事前に送付されており、スタートは、11時とゆっくり目なのが助かる。

最寄り駅は北千住駅で、徒歩10分歩ほどで荒川沿いの会場に着いた。

大会プログラムと参加賞のウェストポーチを受け取り、風はあるが寒くないので更衣室には入らず、外で着替えを始めた。

トイレに多少並んだが、特に問題はなかった。

5分ほどアップし、スタート前に並んだ。

申告タイム順に並ぶのだが、あきらかに、このタイムで走れるのかというようなランナーを見かけた。

わたしは、1時間40分~50分の列に並んだ。

11時にスタート、スタートラインを通過したのは、1分3秒後だった。

スタート直後の混雑がしばらく続いたが、憤らずに走った。

荒川下流に向かうので追い風となり、ここまでは足もスムーズだ。

右手にはスカイツリーの頭が見える。

10kmを過ぎて折り返し、ここら辺りから足底筋が痛み出した。

時々だが左足の踵が、着地するたびに痛む。左腰の状態も思わしくない。

そして向かい風になったので、一気に足の運びが遅くなってきた。

追い抜くことができず、次々に抜かれ始めてきたが、痛みが増しどうすることもできない。

ただ、歩くのは避けたい、何ともしてもランニングポーズでゴールという気持ちだけで走った。

残りの距離を指折り数え、やっとゴールした。

1時間53分58秒(ネット1時間52分55秒)

50歳代234位

男子総合1,242位だった。

主催者は、足立区陸上競技協会なので、第一回とはいえ、運営にオカシナところはなかったように思うが、コースがやはり単調すぎる。

参加費が安く、練習の一環ととらえての参加になるのだろう。

 

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GARMIN Forerunner 405CX による軌跡

大山

年末の慌ただしいなか、ランニング仲間たちと丹沢の大山に陽だまりハイキングに行ってみた。

新宿から小田急線の急行で、秦野駅に降りる。ヤビツ峠行きのバスに乗り、蓑毛(みのげ)で降りた。

ヤビツ峠までバスで行った方が、もちろん歩く距離は短くなるが、みんな、ランナーなので、そんなことは気にしない。むしろ、静かな山道を楽しむ。

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着実に高度を上げていく。寒くはない、と言うよりは、むしろ汗ばむほどになってきた。

雲ひとつない好天で風もない。

ただ、日陰に入ると、霜柱が見られるようになってきた。

歩き始めて2時間弱、左後方に雪を被った大きな富士山が見えてきた、絶景だ。

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大山の頂上には2時間10分ほどで着いた、概ね予定通りだ。

頂上からは、相模湾が臨める。

遠く、江の島が霞んで見える。都心のビルまでは見えなかった。

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下りは、緩やかな女坂と急な男坂がある。膝が笑うといけないので女坂を下ることにしたが、言われるほど緩やかではない、男坂に比べたら緩やかという意味だろう。

阿夫利神社下社に着いた。

大山ケーブルには乗らずそのまま歩く。

参道の両脇に豆腐やら田楽やら団子などお土産屋が軒を連ね始めた。

右へより左に寄り、試食してとなかなか前に進まなくなってきた。

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やっとバス通りにでて、少し歩き、プチ忘年会の東学坊に着いた。

ここで、風呂に入り、さっぱりとして、ビールに冷酒で豆腐尽くしのミニ懐石を頂いた。

美味しく頂き、入浴が付いてこの懐石料理が2,100円は安い。

ひたすら高い山でもなく、こんな低山ハイクもまた良いもんだと思った。

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GARMIN Forerunner 405CX による軌跡

 

 

マトゥーリ男声合唱団

走る仲間の応援団長をやっていたHさんが、仲間にのせられて練習を始め、制限時間5時間の長野マラソンを、それこそ制限時間いっぱいの5時間で完走した時には感動した。

Hさんは、文武両道の人なのだ。

書道や花押、写真など多彩で大いに刺激を受けている。

そのHさんが、今度は合唱を始めたという。

そこで、Hさんが参加しているマトゥーリ男声合唱団の演奏会が行われたトッパンホールに昨夜行ってみた。

 

マトゥーリとは、合唱団の規約に次のように書かれている。

イタリア語のMaturo(マトゥーロ)に由来し、「熟した」「成熟」「熟練」「分別」という意味のmaturus(熟した、実った、時宜を得た)というラテン語を語源とする。

果物やチーズ、ワインが熟するといった意味もあり、複数形にして「熟(達)者たち」の意味を有する。

また、ローマ字風に読むと、maturi=「祭り」と読めるように、本合唱団は、人生の熟達者たちが熟成したワインを傾けながら、祭のように和気藹藹と合唱を楽しむことを旨とする。

 

確かに昨夜の演奏会でも、このMaturiに似つかわしい紳士の面々が唄っていた。

今回の演奏会のテーマは、「日本語を・・・歌う、日本語で・・・歌う」ということで、わたしは初めて聴いたのだが、組曲「人間の歌」、特に最初の「縫ひつける」は、歌詞がとても新鮮で、合唱も良かった。

小学生のころにならった「浜辺の歌」「椰子の実」「箱根の山」などは、それこそ何十年ぶりだろうか。

後半の部では、クリスマスらしく、ゲストにソプラノの方も加わり華やいだ雰囲気になった。

約2時間弱の演奏が終わり、合唱団の面々の笑顔が何とも言えない、幸せな気分に浸れた。

 

そして、帰り道、箱根の山を口ずさんでいる自分がいた。

 

奈良マラソン2010の参加賞

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奈良マラソン2010の参加賞は、パンフレット(名簿)に大会をデザインしたTシャツに、大会ロゴのナンバーカード止め具「ランナップ」が8個、それに柿の葉寿司だった。

寿司は、小腹が減っていたので会場で直ぐに食べた。

 

さらに、ゴールした後に大きなタオルと完走メダルが貰える。

もちろん、すぐに給水しなければならないので、スポーツドリンクと水のペットボトルが一本づつ渡される。

そして、記録証はその場で発行してくれる、順番待ちもなくスムーズだった。

 

完走メダルに付いているヒモ?のデザインがクリスマスぽっくて良いので、メダルを外して今は携帯電話のネックストラップにした。

 

かみつみち弁当

 奈良マラソン2010を走った夜、完走のご褒美をと、古都を感じることができるお店を探した。

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奈良町のホテルからもほど近いところに「はり新」というお店があった。

町屋を利用した和食の店で、店の前の路地は車がやっと一台通れるかどうかというところだ。

この通りが奈良時代から栄えた上津道(かみつみち)の出発点であったことからその名にちなんだ「かみつみち弁当」で有名なお店だそうだ。

 

入ってすぐの右側の座敷に通された。

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炬燵に囲炉裏のある個室で、炭が赤く、鉄瓶からは湯気が出ていた。

昼間は暖かいが、夜は冷えてくるので、この部屋に入った時にはほっとした。

メニューは二つしかないが、もちろんお目当ての「かみつみち弁当」、それに熱燗を頼んだ。

酒は、「梅の宿」、地元の酒でなかなか美味しい。

食前酒の梅酒もここのもので、ほのかに甘く食欲がそそられた。

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五角形の弁当箱と天ぷらがでてきた。

なんとも上品で良い、味もすこぶる美味しかった。

ゆったりした気分で、過ごすことができた。

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帰り際、トイレに寄ることにしたところ、外にある。

部屋を出て、廊下を突き当り、下駄をはいて外に出ていく、これもまた風情があって思わず写真を撮ってしまった。

 

初めての大会参加

「走ることについて語るときにクマの語ること」その4

継続して走り始めてから、走り方の参考にとランニング雑誌を買った。
今でも販売している「ランナーズ」と、今はない「シティランナー」という雑誌を見つけ、その両方を買った。

 
足腰の故障を避けるためには、走り方や標準的なペース、そして体重などによってランニングシューズを選ばなければならないと知り、耳学問ながら自分に合っていると思われるシューズを買った。

 
それらの雑誌には、マラソン大会の開催案内も載っていた。
自宅に近いところで、一度は大会に出てみようと、申し込んだのが、1995年10月22日開催の「渡良瀬遊水池ゆうゆうマラソン」の5kmの部だった。
会場でのナンバー引換やTシャツにナンバーを留める作業すら新鮮だった。そしてスタート時の緊張感がなんとも言えない。
タイムは23分23秒と公園での練習よりも良いタイムで走り切ることができ、広々とした場所で青空のもと、何とも言い難い満足感を得た。
次は一般道を走ってみたいと、このあと立て続けに大会に参加するのだが、いずれも距離は5kmまでだった。
 

大会の参加申し込みは、今ではインターネットで簡単にできるが、当時は、大会事務局に返信用の封筒に切手を貼って郵送し、参加申込書を入手し、その申込書にある専用の郵便振込用紙に必要事項を記入して郵便局で参加費を払うという、非常に手間がかかった。
それを思うと隔世の感がある。

そして、5kmのタイムが23分23秒だが、このタイムでは今でも走れるので、いかに走り方がお粗末だったか、ランニングという技術を持ち合わせていなかった、ただ爽快感を求めて走っていた時代ということだ。

 

鹿寄せと茶がゆの朝

奈良マラソン2010の翌日、奈良市旅館・ホテル組合による「鹿寄せと茶がゆの朝」という企画がホテルのロビーに掲示されていたので参加してみた。

うたい文句は、『今年もご宿泊のお客様へ特別に奈良公園にて鹿寄せと茶がゆのサービスを行います!世界でもめずらしい鹿との共生を体験していただき、その後、大和名物「茶がゆ」を提供させていただきます。この機会に是非、奈良の朝を十分に味わってください☆』となっている。

 

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鹿寄せの会場は、奈良公園の飛火野というところになる。

 

朝9時半、ナチュラルホルンを吹き、音が鳴り出して、しばらくすると春日大社の方の森から鹿の大群がこちらに向かって走ってきた、これは見ごたえがある。

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ご褒美に鹿せんべいをあげるが、小鹿は遠慮し大鹿ばかりが食べる、人間社会と違い長幼の序が鹿の世界には残っているのかもしれない。

 

 

その後、場所を移して、茶がゆを頂いた。

奈良漬けがおかゆにはよく合うというのがわかった。

 

朝の奈良公園、豊かな時間を過ごした。

 

ホテルでもらった引換券がこれ。

もちろんすべて無料。

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奈良マラソン2010

 平城遷都1300年記念「奈良マラソン2010」に参加した。

仲間たちと、1300年に一回の大会、来年は開催されないかもしれないということで、遠方だが早々にエントリーしたものだ。

大会会場は鴻ノ池陸上競技場、市内中心部からはいくらか標高が高い場所にある。

会場には、8時前に到着、すぐに着替えて荷物を預けた。

天気は晴天、時間がたつにつれ気温があがるような予感がしたので、アームウォーマはしなかった。

スタートは、ブロック別に分かれており、競技場の外側に沿って並ぶ。

走友と二人、陸連登録なのだが、予想申告タイム順でのブロック分けのようで、Dブロックに並ぶことになった。

スタート前の無駄な関西弁でのしゃべりは緊張感なしで、とても公認大会という雰囲気ではない。

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9時にスタート、ゲストの高橋尚子さんやせんとくんに手を振りスタートラインをまたいだ、3分14秒かかった。

会場を後にするといきなり下りになる。

どちらかというと走り始めに心拍数を上げたいので、丁度よい出足だった。

メインストリート369号線に出ると右折し、5kmほどで平城遷都1300年祭会場を右手に見て折り返す。途中、三度笠の仮装をした走友とすれ違いびっくりした。

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県庁前を通り、奈良公園・東大寺・春日大社と10kmあたりで、右折し、一路、天理に向かうことになる。

暑くなってきたので、手袋をぬいだ。

15km過ぎで、トイレに寄った、ここまではネットで5分30秒/kmほどだったが、すでに足底筋が痛み出していた。

走るコースはアップダウンがあるものの走りやすい、沿道の応援も、ボランティアも奈良で初めてのフルマラソンとは思えないほど良かったので、なおさら、足底筋の痛みは残念だった。

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天理に入り、天理参考館・教庁の建物の下をくぐったところに、ぜんざいエイドがったので、立ち止まり、美味しく頂いた。

少し進んで折り返し、ここが24kmほどだろうか。

29km過ぎの上り坂の途中で再びトイレに寄った。

熱中症対策でエイドごとに水分を取りすぎたのかもしれないが、この熱さでは致し方ない。

34kmあたりから、6分/kmがきつくなってきた。

足を路面に置くたびに痛みが腰までくるようだ。

37kmからは、7分/kmもきつくなってしまった。

ゴールの鴻ノ池陸上競技場の500mほど手前の登り坂で、10kmを走った女房と娘が声援を送ってくれた。

てっきり走り終えたら観光をしているもんだと思っていたので嬉しかった。

4時間25分54秒でゴール。

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ゴール後は、十津川温泉の足湯に浸かり、足底筋の痛みを和らげた。

一休みし、女房と娘と一緒に歩きながら、東大寺の大仏・奈良公園の鹿・興福寺の阿修羅像などを見学しホテルに戻ったときには真っ暗になっていた。

よくまあ、フルマラソンのあとに歩けたもんだと思ったが、これが、まさに観光マラソンで、走り終えた後も十分に楽しめた。

 

会場へのアクセスの悪さ、大会運営の課題などあるが、マラソンコースは非常に魅力的で面白いと感じた。

 

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GARMIN 405CX 走行軌跡

 

 

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