気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

2014年03月

北下浦ふるさとマラソン

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 7年連続のエントリー、途中、東日本大震災で一回中止になったので、参加は6回目となる。
昨年から横須賀粟田JCの方々にお世話になっている、今年も大きなテントに広いビニールシートをコースの脇に設置していた。
今年から、ナンバーが事前送付だったこともあり、8時過ぎに直接テントに向かった。
テントなどを張り終えて、軽くジョグにと野比海岸沿いのコースを下見ラン、5kmの折り返しを見逃し、大よそ5km走ったことになる。
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親子・子供のスタートが次々とあり、5kmのスタートが10時15分。
下り坂からのスタートなのでスピードに乗りやすい、最初の1kmが4分30秒だった。
その後緩やかな上り坂で、4分55秒まで戻してしまったが、あとはほぼ4分45秒ペースのイーブンで折り返した。
テント脇を通過してゴール、23分40秒と60歳代としてのベストが出た。
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順位は60歳代で7位、入賞は6位までなので残念ながら賞状までは手が届かなかった。
味噌汁を頂き、甘酒を頂き、テント前で10kmを走っている仲間たちを応援した。
そして、宴会である。
16時まで飲んで食べた。
16時で終了と言われなければ、さらに続いていたのだろう、総じてランナーは呑兵衛なのだ。

鳥取砂丘

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 鳥取マラソンの翌日、鳥取砂丘に行ってきました。
バスの終点である砂丘会館辺りが、マラソンスタート地点から1kmほどになります。
砂丘事務所から階段を登ると、日本海に面して広大な砂丘が広がっていました。
風紋が見られるということで大きく周回するコースを歩きます、途中、砂がシューズに入るので、裸足になって歩きました。
午前中なので、まだそれほど多くの人が出ていなかったので、足跡がない砂の上を歩くのは気持ちが良いです。
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そして、砂の上を裸足で歩くことにより、痛めた足底筋のマッサージ効果があるのか?スッキリしました。
反時計回りで、ちょうど正面方向が馬の背と呼ばれていて、急峻で小山のようになっています。
ここから見る日本海、地球は丸いと思えるような景色でした。
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ゆっくりと1時間半ほどで砂丘巡りを終え、ラクダに乗りました。
ラクダはモンゴル地方のフタコブラクダ、このラクダは寒さに強く、夏は苦手で汗をだらだらと流すほどだそうです。
アフリカのヒトコブラクダもいました、このラクダは反対に暑さに強く今の時期は苦手だそうです。
ほんの100mほどの周遊でしょうか、1,300円ですが、手持ちのカメラを渡せば、写真を撮ってくれます。
わたしはフタコブラクダに乗りましたが良い記念となりました。

仁風閣

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 鳥取マラソンを走り終えて訪ねたのが、仁風閣(じんぷうかく)という西洋館、国の重要文化財です。
月曜日が休館日なので、マラソン後の疲れがありましたが、無理をして訪ねました。
場所は、鳥取城址の石垣の手前に位置し、駅からは100円循環バスで行きました。

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館内に入るには、入場料が150円、門から庭にかけては無料です。

この仁風閣は、大正天皇が皇太子の時代に訪れる際の宿泊施設として作られたそうで、この時に随行した海軍大将の東郷平八郎が命名したということです。
詳しい歴史的なことについてはネットで見て貰うことにして、なぜ見学する気になったかというと、ここが、映画「るろうに剣心」のロケ地だったからです。

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映画を観た方はお分かりだと思いますが、この洋館の前の庭に大勢の浪人が屯しているなか、リアリズムなんて関係ない、昔ながらのチャンバラは大いに面白かったのです。
夕方だったので少し肌寒かったのですが、季節が良い時に庭でのんびりとお茶を飲みながらボーとするには最適な場所だと思いました。

鳥取マラソンのエイド

 鳥取マラソンのエイドステーション、14km過ぎ地点だったと思うのですが、初めてラッキョウが出ていました。

今までのエイドでは、スポーツドリンクか水を給水していたのですが、ここで通り過ぎ際にラッキョウが見えたので、思わず寄りました。

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ボランティアの方が写真を撮られているよと声をかけてくれましたが、まさか、その様子が翌日の日本海新聞に載るとは思ってもいませんでした。

写真は新聞記事をスキャンしたものです。

著作権がどういうことなのか分かりませんが、ひとまず載せます。

もし、都合が悪いということになったら削除します。

この写真が欲しくて、翌日、観光の途中で、新日本海新聞社に行き、写真の申し込みをしました。

2Lサイズのカラーで、800円、それに送料が500円、2週間ほどで着くようで、気持ちが良い対応をしてくれました。

しかし、良い記念だ、送られてくるのを楽しみに待っています。

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日本海新聞 3月17日(月)朝刊より

 

鳥取マラソン2014

 鳥取県は、仕事でも遊びでも訪ねる機会がなく、今回、初めて訪れ、3月16日に開催された鳥取マラソンを走ってきた。
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鳥取駅から大会会場まではシャトルバスで向かったが、バスの本数が少なく、7時15分が最終ということだったが、まだ多くのランナーが並んでいた。
会場は砂丘のすぐそばで、少し風があったが、日差しがあったので助かった。
ラッキョウが振る舞われたので美味しく頂き、荷物を預け、スタート位置に移動した。

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9時ちょうどにスタート、参加人数2,622人だそうだが、この位置からして上り坂の途中なので、早速喘ぐことになる、約50mほどを一気に登る。
砂丘会館などある辺りが1km地点だ。
アップダウンを繰り返して市内に出る、10km手前で鳥取城址、仁風閣を左手に見ることができた。
14km過ぎだろうか、埼玉県から来た・・・と名前を呼んで応援してくれる人がいた、そこのエイドで初めてラッキョウがあったので食したら、たまたま写真を撮られ、それが翌日の紙面に載るとは思わなかった。
足底筋が痛み出し、我慢できないほどに痛み出したので、私設エイドの方から水を貰い痛み止めを飲んだ。
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こうなると、もう、そろそろと足を置くような感じで前に進むしかない。
沿道の応援はそう多くはないが、声を掛けてくれたり拍手をしてくれたりと、ありがたい。
コースはごく普通の田舎町のコースなのだが、どうも動線が良くないのか、反対車線のあちらこちらで渋滞している。

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風は相変わらず強く、多少、気温も上がったので、ほぼすべてのエイドで水分補給はした。
ラッキョウと梅干しはエイドに置いてあればすべて食べたが、特にラッキョウは、おそらく一年分をこの大会で食べたと思う。
コカコーラ陸上競技場がゴール、エイド以外では立ち止まったり歩かなかったので、まあ良しとしなければいけない。
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久しぶりに、足底筋の痛みが増したが、なんとかゴールできた。
完走タオルを掛けて貰う、デザインが縦書きとは珍しい、再びラッキョウを頂き、味噌汁を頂き、シャトルバスに並んだ。
不本意な走りだったのでもう一度チャレンジしてみたいと思うのだが、来年かどうかは何とも分からない。

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南方熊楠記念館

 紀州口熊野マラソンの前日、ナンバー引換の前後に観光をしたのだが、寄った先の一つがこの南方熊楠(みなかたくまぐす)記念館です。

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  あまり馴染みがないかもしれないが、遠野物語などで知られる柳田国男と同じ民族学者なのです。
昨年の秋に北上マラソンの後に遠野に行き柳田国男に触れたので、今回は、南方熊楠を知ろうと見学しました。
駐車場から記念館までは急坂でそこそこの距離があります、受付は1階、展示は2階なので階段を上がっていくと、まず驚くのが、デスマスクが展示してあることです。
もちろん、南方熊楠本人のもので、なぜか写真は撮る気になれなかったです。

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彼の生涯がよくわかり、エピソードも面白い、博物学の方は全くの門外漢なのでチンプンカンプンでした。
詳しい展示内容は次のURLを見て貰うとして、その後、屋上にあがりました。

南方熊楠記念館

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閉館直前の夕方で曇り空だったこともあり、遠方まで良く見えなかったのですが、360度の展望は一見の価値ありです。

紀州口熊野マラソン

 先週土曜日のランスマを観て、フルマラソン完走101回目の口熊野マラソンの完走記をブログに書いていないことを思い出した。
一ヶ月以上たってしまったが備忘録としてここに書いておくことにします。

2月2日(日)、当日は雨のなか、田辺駅前からバスで会場入りしました。
会場付近は大渋滞で、車で来たランナーは大変だったのではないでしょうか。
雨のため、会場内も混雑していて、やっと階段途中にスペースを見つけ着替えをしました。
一度、外に出たときには雨除けのビニールを被っていたのですが、小雨になり、予報も晴れるとのことで慌てて脱いでスタートブロックに並びました。

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 陸連枠のランナーがそう多くはいないので、わりと前の方でしたが、スタートラインまで移動する間に陸連以外のランナーが次々に割り込んできて、徐々に後ろの方に弾かれてしまいました。
ちょっと考えられない行為で驚いてしまいました。

スタートしてからは、水たまりを避けながら足を進め、狭い商店街を通り古道だった道を進んでいきます。
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前日、レンタカーを借りて通った道なので何となくですがコースが分かりましたが、コースがあちらこちらと飛んでいく感じで、今、何処の方向に走っているのか、さっぱり分からなくなりました。
徐々に気温が上昇し暑くなり、かなりの汗をかき、20km程度であえなくダウン、歩くようなペースになってしまいましたが、エイドには土地柄の梅干しがあったので大変助かりました。

練習量がそれほど少ない訳ではないので、やはり、失速の原因は3つ。
1.夜行バスはやはり疲れる
2.前日の観光、温泉巡りはもやはり疲労する
3.前夜の酒、いくら美味しいといっても限度がある。

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分かっているが止められない、少なくても夜行バスは敬遠しときます。

フルマラソン完走100回の道 その8

 フルマラソンを走るのは、年に2回程度と思っていた走り始めのころから、今では走りたい大会があれば何時でも走るに変わってきています。

100回の完走大会のなかには、ひと月に3回の完走と言うのが2度あります。
2004年11月の、渡良瀬遊水地マラソン、大田原マラソン、つくばマラソンです。

いずれもサブフォーで、大田原マラソンの5日後のつくばマラソンでは、大田原のタイムを17分ほど更新する3時間37分52秒でゴールしました。
53歳と疲れを知らない時期だったのかもしれません。

 2011年11月は、別海町パイロットマラソン、奥武蔵グリーンライン・チャレンジ42.195km、袋井クラウンメロンマラソンになりますが、こちらはいずれもサブフォー成らずでした。

2010年10月の新潟マラソンでは、前日のえちごくびき野マラソンで50kmを走り、その翌日に5時間制限のギリギリでゴールしました、しかも三度笠の仮装姿でした。
2010年と2011年8月は、土曜日にニトリーファミリーマラソン10kmを走り、翌日の日曜日に北海道マラソンを走りましたが、暑さもあり完走するのがやっとでした。

 2012年11月の福知山マラソンと大阪マラソンは中一日おくだけの厳しいものでしたが完走できました。

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99回目の完走は写真の大田原マラソン、翌日には、よこすかシーサイドマラソンのハーフを走りました。

逆の日程では厳しいですが、翌日が半分の距離なので何とかなりました。

三浦国際市民マラソン

大会参加記も久しぶり、昨日、三浦国際市民マラソンを走ってきました。
この大会は13回目の参加で、10kmが1回にハーフが今回を含め12回の参加になります。
大会によっては回数を重ねていくうちにコースが変更されたりすることがありますが、この大会はコースの激しいアップダウンを含めて変わっていないのが良いです。
そしてもう一つの特徴が、天候です。
13回走りましたが、良い天気の日が少なく、雪だったり雨だったりに強風が重なったりします。
晴れれば、ハーフマラソンのコース上で、富士山が見え、海上には伊豆大島が近くに臨めます。
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三浦海岸駅を降りると目に前には河津桜が満開、毎年の光景です。

ただ、あいにくと今年は朝から雨、海沿いは風も強かったです。
一昨年知り合い、昨年の大会の際にお世話になった横須賀粟田JCのテントに今年もお邪魔しました。
着替えなど雨風が防げて大変ありがたかった。
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ハーフのスタートが、10時37分。その30分前から並びますが中央に位置していないと風が吹き込んで寒くなります。
身体が冷えているので最初は6分を切る程度のペースで刻み、温まるにつれスピードを上げたつもりでしたが、前日の練習疲れもあったのか思う様に足が伸びませんでした。
タイムは昨年より若干遅い程度でしたが、この天候のなか満足のいくものでした。
その後、テントに戻り、大宴会が始まりました、飲んで食べて3時間が過ぎ、先に失礼しましたが、中には2次会まで行ったらしいので、そのタフさ加減は信じられないものでした。

フルマラソン完走100回の道 その7

 走り始めてから18年間でフルマラソン完走100回、単純に割り算をすると年に平均5.6回となります。
ただ、走歴が浅いころはランニング雑誌に書かれている実業団選手と同じように年に1~2回の参加だと鵜呑みにしていました。
しかし限られたマラソンシーズンのなか、年に1~2回では、なかなか興味があるあっちこっちの大会に参加できませんでした。
だから、もっと自由に大会参加しようと、この十年(2004年~2013年)で見ると70回の完走になっています。
平均で年に7回の完走ですから、これは自分でも少し多いのかもしれないと思わない訳ではないのですが、楽しいし疲労も残る訳ではないしと今に至っています。
なお、一年で最も多いフルマラソンの完走は、2006年と2013年の9回の完走になります。

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  写真は、一年間で9回参加した2006年の大会のなかの一つで、4月の長野マラソンの時のものです。
この大会は長女の初フルマラソンで、大した練習もしていないのに40km過ぎで、お父さ~んと声を掛けられ簡単に抜かれてしまった思い出があります。

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