気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

2014年11月

日光ハイウェイマラソン

第一回の大会、しかも、日光をランナーの聖地とするというコピーに、思わずエントリークリックしてしまった。
会場へは車で行く予定だったが、始発に乗れば間に合うことが分かってJRで向かいました。
日光駅に着いたら雨、そしてやはり寒い。
徒歩数分の東武日光駅からシャトルバスで会場まで、ちょっと並びましたが、スムーズでした。
更衣室テントには入らず、そもまま荷物預けの体育館で着替え、本降りだったので、 テントではちょっと厳しい。
体育館からは、やはり徒歩数分で、スタート地点、テントで雨宿りしながら開会式を見て、スタートに並びました。
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スタートラインには何故かゴールのブロックが立っていました、たぶん、間違えたんだろうな?
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9時30分にスタート、宇都宮方面に向かって、下ります。
有料道路の上り二車線を中央側がランナー、路側帯側をハイカーがランナーを応援しながら歩いていきます。
有料道路なので全く応援がないと思っていたので、これはなかなか良いです、ハイカーにとっても、普段は入れない有料道路の中を紅葉を見ながら歩けるのです。
途中、二か所の湾曲したトンネルがあり、ここでGPS距離が違ってきてしました。
そう、このトンネルの舗装がコンクリートで、雨でぬれて滑りやすい、そして固いので故障がちなわたしとしては摺り足走行になってしまいました。

19km過ぎの 大沢インターで折り返し、ここからは上りになります。
5分30秒/kmできっちり刻んできたのですが、やはり上りはきつい、しかも下っているときには気付かなかったぐらいな上りこう配で、あっという間に7分/kmを超えてしまいました。
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左ひざが痛み出し、ちょっと休んでは、走るというペースでやっとゴール地点、ここを素通りして日光方面にちょっと向かい、さらに折り返してやっとゴール。
後半のハーフに3時間も掛かってしまいました。

参加人数が少ないこともあって、運営全体には大きな不満はありません。
もちろん、第一回なので、こうすれば良いのにと思うことはありますが、なにしろ第一回ですから、こんな天候の中、良かったと思います。

来年も参加したいかと問われたら、参加したと思います。
晴れた日にぜひ走りたい。
復路、薄日のなかの山々は頂上付近に雪が積もっていて、美しかったです。

明日は、女子駅伝とのこと、頑張ってもらいたいものです。
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nikkou

 

建設コンサルタントの技術者

建設コンサルタントに勤めていたことがあるので、この業界のことは多少気にしています。

先日、建設コンサルタンツ協会から技術者実態調査の結果が公開されました。
 
回答174社/会員428社(回答率40.7%)の男性技術者の年代別内訳は・・・、
 
20代 2,268人(11.8%)
30代 3,697人(19.2%)
40代 6,817人(35.5%)
50代 4,408人(22.9%)
60代 2,031人(10.6%)
合計 19,221人

どうですか、40代は、20代30代の合計人数よりも多いのです。
いびつな年齢構成は今後に大きな問題なると、協会では危機感を強めているそうですが、実際に転職を考えている人たちをみると、同じ業界には行かないと云う若者が結構いるのです。
この問題の解決には困難なハードルが横たわっていると強く感じます。
 

アラビアのロレンス

読売新聞のデジタル会員サービス「読売プレミアム」で、コロンビア・ピクチャーズ90周年記念「何度でも見たくなる想い出の映画」のアンケートがあり、その一位になったのが、アラビアのロレンス(1963年)でした。

まだ見たことがなく、無料鑑賞に応募したところ当選したので有楽町まででました。
11時から映画評論家のトークショーが30分ほどあり、その後に上映が始まりました。
この映画は完全版ということで、上映時間3時間47分、途中で一度20分の休憩が入りましたが、長いとはまたく感じずに最後までしっかりと鑑賞しました。
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撮影当時は当然、CGなどあるはずもなく、どこまでも続く砂漠のなかを点描のように映し出される人を垣間見たときは唖然としてしまいました。
そして、やはり思うのは戦争というなかでの狂気、そして、この争いの結果の国境線の線引きが、今でも紛争として続いている現実、映画の素晴らしさは十分に堪能しましたが、一方でそんな感想を持ちました。

アラビアのロレンスが、第一位、十分に納得です。
2位の戦場にかける橋も見たいな~と思っています。


 

大田原マラソン

大田原マラソン、5回目の参加で、初めて完走できませんでした。

ちょうど一ヶ月ほど前に、頭に怪我をして、ほぼ2週間ほど練習が出来なかったのですが、この時期の練習がいかに大事か身に染みて分かりました。
なんとか、元に戻そうと、2週間前の矢板、先週の上尾を走りましたが、これらのハーフでもかなりキツク、さらに、左臀部と右ひざの痛みがこれらの大会から出始めていました。

スタートは10時、曇り空のなか、時々、陽を見せる程度で気温はちょうど良い感じでしたが、風が多少ありました。
中盤までは、下り基調なのですが、その中でもアップダウンがあるので、5分30秒/kmで刻み、なんとか、20kmまでは走ったのですが、痛みが出てきたので、その直後の給水で立ち止まり、屈伸などしていたら、あっという間に、5分40秒/kmになってしまいました。
かなり慌てて、その後、足を速めたのですが、23.7km地点の関門、10mほど手前で打ち切り時間となってしまいました。
すぐに待機していた収容バスに乗り、大会会場に戻り、着替えて、走友のゴールを待っていたところ、目標タイム通りに戻ってきたのには驚きました。
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制限時間4時間は、やはり厳しいです。
来年もエントリーするかどうかは、微妙な心境です。



 

上尾シティハーフマラソン

8回目の参加ですが、今年始めて、車でなく電車で会場に行きました。
先週の矢板たかはらのハーフから、練習をし過ぎたのか?、疲れが残っているの実感しつつ、走り始めました。
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予定は、来週を見据えて、5分30秒ペースのつもりでしたが、陸連枠からのスタートで、少し早目に入ってしまい、そのまま、折り返しまで来てしまいました。
この辺りから、左臀部と足底筋が久々に痛み出し、がくんとスピードがなくなってしまいました。
ラスト3kmほどで一緒にスタートした走友に抜かれましたが、往路復路でそれぞれ走友たちの応援を受けて、タイムはともかく楽しいランとなりました。
アフターは、上尾駅周辺はどこも混雑していましたが、駅の反対でうまく見つかり、そこで、応援してくれた仲間と歓談、とてもビールが美味かったです。
 
 

矢板たかはらマラソン

この大会は5回目の参加、 当日の天候は、曇りのち雨 気温14.3℃ 湿度80%でした。
東北自動車道で落下物があり、渋滞、いつもの駐車場に停められなかったが、それほど遠い訳ではないので良かった。
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あいの土山マラソンから一週間、練習不足と疲れで、良いタイムは望めないと思っていましたが、いつものアップダウンに勝てず、昨年よりも8分ほど遅く、2時間を切るのがやっとの有様で、2週間後の大田原マラソンがだいぶ心配になってきました。

アフターは、定番の温泉でまったり、ちょうど林檎風呂とのことで、たくさんの林檎が浮いていて、季節を実感、しばし、悪いタイムを忘れることができました。

 

YRP駅伝

 実家の最寄り駅は、京浜急行のYRP野比駅という。
駅から実家まではバスなのだが、その途中、左手に見えるトンネルを抜けると、横須賀リサーチパーク(YRP)になる。
ここの企業たちの親睦会?で、毎年、駅伝が開催されていた。
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今年初めて、このYRP駅伝に、ご近所として参加することができた。
小高い山を切り開いて造成したので、結構な勾配の坂になるが、ここを4人でたすきで繋ぐ。
当初、わたしは一走だったのだが、坂に恐れをなし、二走にしてもらった。
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たいした距離ではないけれど、心拍数が上がり、そこそこきつかった。
隣組の精鋭チームは見事に2位になった、久しぶりだそうだ。
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この駅伝はアフター付きで、表彰式などのあいだ、飲みながら歓談できるので、とても楽しかった。

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神去村

 伊勢の神宮を参拝し、向かったのが、奈良の室生寺。
車のカーナビの地図は10年更新していないので、新しい道がさっぱり分からない。
ナビが示すままに進んでいたっら、国道なのに、どんどんと山を登り始めた。
しかも私の車の車幅ぎりぎりの道、対向車はほとんどないが、3回ほどすれ違った。
いずれも、どちらかの車がバックして待避場所を確保しなければならない。
木はうっそうと茂り、昼間なのに薄暗い、ほんと心細くなってきたら、だいぶ高い位置で道が開けてきた。

そして、この看板を見つけたときは、あの本の場所はほんとにあったんだと納得してしまった。
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あとで寄った道の駅の情報で、映画のロケ地と知ったが、まさの物語の設定とそっくりで驚いたのです。

あいの土山マラソン

 滋賀県の大会は初参加、あいの土山マラソンのフルを走りました。
当日は、気温20℃、湿度89%、少し蒸し暑かったですが、山では風が気持ち良かったです。
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スタートラインには女性ランナーのみ、男子より5分早いスタートなのですが、もしかして一人にも追いつけないかもと弱気になってしまいました。
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最大標高差は120mくらいだったか、累積ともなるともっとあります。
汗が頭からたれてくるたびに、縫ったところから出血していないか気にしながらの走りでした。もっとも練習不足だし、苦手のアップダウンなので最初から自重していました。
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ただ、38kmあたりから、北海道Mでもリタイアにつながった左ひざが痛みだして、その度に止まってしまいましたが、なんとか歩かずにゴールに着きました。
制限時間が5時間なので、ひやひやしましたが、この状態での結果には満足です。
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私設エイドが良いですね、お茶におにぎりに、柿を頂きました。
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コース上の至る所に陸連公認の案内板が設置されていました。
 
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