気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

2018年05月

横須賀・三浦みちくさウルトラマラソン

2014年にこの大会の前身である、三浦半島みちくさウルトラマラソン60kmを走って、その後は、ランナーの最後尾を走る見守り隊として今年が3回目の参加になる。
会場は、昨年の横須賀・三浦みちくさウルトラマラソンと同様、京急汐入駅近くのヴェルニー公園だ。

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100kmは5時にスタート、65kmはAナンバーが8時スタートで、Bナンバーが9時スタートになる。
昨年は、65kmの全てのランナーの最後尾に付いて走ったのだが、今年は、Aナンバーの後ろを見守ることになった。
ランナーとして、走友2名が100km、7人が65kmを走る。
そして、見守り隊として初参加の女子が一緒に走ってくれるので、女子トイレのチェックなど、男子のみでは厳しい環境に対応してもらう。
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8時にAナンバーがスタート。
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ところが、なかなかスタートしないランナーが何名かいる。
Bスタートの仲間と一緒に走りたいので9時に出るという、記録計測できないので、スタートラインを通過してもらって、その場で1時間待って貰うことにした。
まさに、スタート時から、大会名の通り、みちくさだ。

最初のエイドは、ポートマーケット、スタートして僅か1.7km地点だ。
ここには、地元の走友たちが手伝ってエイドをしている、しばし言葉を交わして先に進んんだ。

コース上は観光地が多いので、公衆トイレも多い、一つ一つ、ランナーがいないか確認しながら足を進める。
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観音崎(9.7km地点)で、1時間遅れのBナンバーのランナーたちが駆け抜けていった。

見守り隊は、関門がある三浦海岸で止めるという人には気を付けてと言って先に行く。
故障や疲労でゴールを諦める人には、最寄りの駅や、駅までの路線バスのバス停を教える。
地元を知っているからこその見守り隊なのだ。
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三崎港(51.8km)のエイドは設営時間を過ぎていたがまだやっていた、ありがたい。
残念ながら、好物の団子はなかったが、代わりにお赤飯があり、塩っけがあってとても美味しかった。

登坂を進むと、疲労困憊の様子で歩いていた最後尾のランナーに追いついた。
しばし、会話をしながら足を進めていたら、私に向かって、あなた、パソコンの、顔がそうだ!何回も記事を見ましたと言う。
そう、このブログの読者、読んでくれている人と出会う、嬉しかった。

引橋エイド(58.2km)は既に閉鎖されていた。
そして、信号を渡り、暫くしたら、マイクロバスが待っていた。
もはやここまで、ゴール関門まで残り45分ほど、距離は6km程度か、今の歩みでは到達できないので致し方ない、最後尾ランナーと一緒にバスに乗った。

ゴール地点のソレイユの丘でマグロの漬け丼だったが遅すぎてなくなっていた。
そして、風呂に入ろうと思ったが、女子は空いているのに男子は長蛇の列、あきらめて、トイレで着替え、走友たちが打上げ中の久里浜のカレー屋に向かった。

この大会、ゴール関門が緩いと評判の大会だったが、参加者も多くなり、ゴール関門を意識しないランナーも増えていて、流石にいつまでも待つわけにはいかない。
3回目の見守り隊で、初めてゴールまで到達できなかったが致し方ない。


更に、この大会はエイドも楽しみ、その一端です。
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三浦海岸のエイド

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三浦海岸のたまご掛けご飯

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剱崎のごま豆腐

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観音崎、美味しかった~。
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燈明堂の稲荷ずし

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三崎、ここの団子、絶品です。

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最後は、残念ながら食べれなかった漬け丼。

マイカップ・マイコップ

速さや順位を競わないマラニック大会やウルトラマラソンでは、最近とみに、マイカップ・マイコップを持って走るよう呼び掛けている。
そう、給水エイドでコップを用意せず、持参したカップに給水してもらう。
コップを用意しないということは、経費の節減、路上のポイ捨て、ごみ処理の不要などメリットが多い。

一方、ランナーにとっては、持って走る煩わしさが残るが、最近の大会でよく見かけるのが、キャップに紙コップを洗濯バサミで留めるという方法だ。
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今月初めの山口100萩往還マラニックでも多くのランナーがやっていた。
今週末の横須賀・三浦みちくさウルトラマラソンもマイカップを呼び掛けている。
一度試してみてはどうだろう。

横田駅伝

4年ぶり4回目の参加。
この大会、例年は6月初旬開催だったのだが、今年はなぜか5月ということで、日程が被らず仲間たちと走ることができた。

横田基地に入るには、身分証明書が必要で、1チームに1枚の受付ハガキと4人の身分証明書の確認でゲートを通過できる。
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もちろん、荷物の中身もチェックされるが、混雑はなかった。
チーム名、ピキンBの一応リーダーなので、受付へ、4枚のナンバーカード、アイスクリーム引換券、タスキを受け取り、今度はTシャツを貰う。
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この一連のことが、英語でされる、何だか久しぶりに英会話聞いたな~。

最後の直線コース上に場所取りをして、着替え、スタートラインに移動する。
リーダーの特権で、自分が1走とした。
10時30分にスタート、基地のなかを走る、走っていて前回走った時のコースを思い出した。

仲間たちとアフターのデザートを掛けて、申告タイムと実際のタイムの差で勝負するのだが、わたしの申告は26分、対して実際のタイムは、25分31秒だった。
仲間たちが走るのを横目にさっそくビールを飲みながら応援した、これが良い。
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今月初めの萩往還でさらに痛めた梨状筋、練習では5分30秒でも目一杯で、痛みで腰が抜けるような状態だったのだが、幾重にもテーピングしたおかげで走り切ることができた。
チームに迷惑をかけずに済んで良かった。

応援をしていると、そこら中から焼肉の良い匂いが・・・、アフターがあるので買うのは自重したが美味しそうだった。
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そして、アフター、立川まで移動して焼肉、生ビールにマッコリと走友たちの会話で飲み過ぎてしまった。




山形県:47都道府県の大会

山形県で走った大会は唯一「葉山山岳マラソン」の一大会のみになる。
葉山(標高1,462m)は、山岳信仰の山でもあり、農業の神が住むとも言われている通り、水がとても美味しい。

大会は、「霊峰葉山を吹き抜ける風と一緒に走ろう!」というキャッチコピーだが、累積標高差1,700mと距離32kmからみても、そんな甘い大会ではなかった。
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コースは、舗装路と登山道で、登山道の入り口出口で、シューズを履き替える。
ランニングシューズとトレランシューズ、山道は急こう配で季節がらぬかるんでいたりするので、履き替えは必須だ。
走っている最中は、とにかく辛かったことしか覚えていない、なんて大会に出てしまったんだと思った。
ゴールした直後は、不完全燃焼で、また来年もと少しは思ったが、翌年にはもうあんな辛い大会は・・・、と思ったのが正直なところだ。

季節は、6月最終週~7月第一週で、佐藤錦の食べごろとダブるので、この大会を走らなくても、この地の走友の実家のサクランボ狩りに行ったのは良い思い出だ。
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山形県にもフルマラソンはあるので、普通のコースを一度走ってみたいと思っている。

葉山山岳マラソンの完走記
 




秋田県:47都道府県の大会

秋田県の大会参加は二つ。
2002年の「秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソン」は、ウルトラ初挑戦の四万十川の次のウルトラとして走ったが、上り下りで脚を使い果たして68.5kmでリタイアした。
同一県内のスタート&ゴールで全都道府県走破とカウントしているので、この大会は含まれないが、とても想いで深い大会だった。
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まるでゴールのような写真だが、北緯40度線を越えたところだ。

そしてもう一つは、カウントできる、2013年の田沢湖マラソン
9月の開催ということで、走り込みも出来ていないなか、台風が襲来、強風と大雨のなかの走りで、制限時間ギリギリの完走だった。
まだ、秋田県の大会でスカッとゴールしたことがないので、何処かの大会に参加したいのだが、やはり走るならフルマラソンだと思っている。
 


明治維新150年

今年は、明治維新150年ということで、山口100萩往還マラニックの参加前後で神社仏閣や歴史建造物などを訪ねてみた。
まずは、マラニックの会場となっている瑠璃光寺の国宝、五重塔。
維新とは関係ないが、その佇まいは美しい。
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萩は、やはり維新の街、まずは、境内に松下村塾がある松陰神社。
松陰神社は、松下村塾があった場所に後から建てられたもので、宝仏殿・歴史館など、松陰とその弟子たちの思想や行動がよく分かり見ごたえがあった。
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また、松陰神社入口に建つ、薩長土連合密議之処は、坂本龍馬が久坂玄瑞と会談し、日本の置かれている立場を理解したとされている。
ここから龍馬の活躍が始まったのだろう。
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もう一か所は、毛利家の墓所、菩提寺となっている東光寺だ。
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何とも静寂な場所で、心休まるというよりは、おっかなびっくりという感じだった。
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高杉晋作は、日下玄随とともに松陰門下の双璧と言われていた。
今の中国がイギリスの植民地となり、いずれは海外の列国が日本を攻めてくる、だからこそ、あらゆる準備をしなければと奔走した。
実際に、英米仏蘭四カ国連合艦隊と長州の下関戦争では惨敗し、高杉晋作が講和使節となったことは、意外に知られていないのかもしれない。

戦勝祈願したと言われる厳島神社と、挙兵した功山寺。
厳島神社は神官が不在ということで御朱印は頂けなかった。

功山寺は、長府にあり、維新回天の地とも呼ばれていて、ここで挙兵したことにより、長州藩が再び尊王攘夷の藩政になって世の中が動いていく歴史的な寺なのだ。
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功山寺のなかに入ると、韋駄天の像がある、健脚の神様だ、残念ながら撮影禁止で撮れなかったが手を合わせた。


山口100萩往還マラニック70km その2

萩往還の旧道は石畳や土などが多いが、もちろん迂回して舗装路を走るところもある。
そして、こんな風に開けたところも、ホッとする瞬間なのです。
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明木エイドを過ぎての一本道、だいぶ日差しが強くなってきました。
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左下に道の駅「萩往還」があり、以前はここで、トイレなど済ましていたのですが、今回は、道の駅に入ることすらNGになっていました。きっと、観光客からクレームがあったのでしょうね、致し方なしです。
そして、少し行くと有名な涙松。
吉田松陰が江戸に護送される際に、萩の街を振り返り、弟子たちと別れを告げた場所です。

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萩市内に入り、折り返しの陶芸の村公園、4時間38分で着きました。
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ここでスタートに預けておいた着替えなど受け取るのですが、わたしは何も預けなかったのでスルーしました。
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お弁当も頂けるのですが、お腹が空いていないので受け取らずでした。
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休まずにそのまま復路、往路ランナーたちとエールを交わしながら走る。
すると、夏ミカン畑で、農家の方が売っているのを発見、思わず立ち寄り、買ってしまいました。
夏ミカン10kgで1,000円、箱代と送料で1,800円。
高いんだか安いんだか分からないが、萩の夏ミカンは美味しいので・・・。
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下りで大腿部が悲鳴を上げてきたが、心配だった腸脛靭帯の違和感はないので、足を速める。
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そして、撮影スポットの萩往還の入り口で一枚。
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あとは、ゴールまで3.6kmほどを下る。
250km、140kmランナーたちに、ごめんなさい、先に行きますと声を掛けながら追い抜きゴール。
速報値で10時間17分11秒だった。

GPSによると、距離は70kmに満たないが、累積標高差は2,000mを超えている。
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これで、この大会のマラニック3部門を全て完踏したことになるのが嬉しい。
 

山口100萩往還マラニック70km その1

レンタカーを県庁の駐車場に止めて、徒歩10分もかからずに大会会場の瑠璃光寺に着いたのが午前5時前。
既に第一ウェーブスタートの点呼が始まっていて、うまく、第二ウェーブに入ることができた。
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70kmの参加者は574人、各ウェーブは50人なので、12組に分かれて順次スタートするが、遅いのでなるべく早くスタートしたかったから良かった。

6時に第一ウェーブがスタート、暫くして、エイ・エイ・オー!の掛け声のもと一斉に走り出した。
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沿道からは、「ガンバって」ではなく、「行ってらっしゃい」の声援があっちこっちから飛んできた。
緩やかな上り、ダム湖を左手に見て走ると、スタートから30分弱、3.6kmで萩往還天花坂口、毎回ここで写真を撮っているので、給水して一枚。
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いよいよ石畳に入り、高度が増していく、前方からランナーたちが足を引きずりながら時々やってくる。
そう、250kmや140kmのランナーたちだ。
わたしたち70kmランナーは尊敬の意を込めて「お帰りなさい」と声を掛ける、彼らは辛いだろうに「行ってらっしゃい」と声を返してくれる。
これがこの大会の一つの魅力だと思う、見も知らぬ、すれ違う全てのランナーが声を掛け合う、勇気をもらう感じがする。

スタートから6.5km地点が板堂峠、ここが萩往還で最も標高が高く、490mほど登ったことになる、ここからは、舗装路や山道を何度か走る。

以前、おばあさんの大福エイドだったところは、今はお茶など給水だけになっていた。
そして、最初のエイドは佐々並、14.4km地点、おにぎりを1個頂いた。
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少し走ると再び石畳になる、昨夜の雨で滑るかと思ったがそれほどでもなかった。
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つづく
 





山口100萩往還マラニック70kmの受付

山口100萩往還マラニック、平成元年に開催されて30回目の今年で終わる。来年の5月は平成という元号ではなくなるのは偶然なのだろうか?

萩往還とは、山陰と山陽を結ぶ参勤交代道として開いた道で、幕末の維新の志士たちが往来した道でもある。
そして、マラニック、もう一般的な言葉だと思うが、マラソン+ピクニックの造語になる。

2005年から2007年にかけて、140kmに参加し、3回目の2007年に完踏できた。(この大会では完走とは言わず完踏という)
そして、10年前の2008年に250kmに初エントリーし、運よく完踏することができたが、翌年の2009年は、腸脛靭帯を痛めてリタイアしてから、この大会の参加は厳しく見送っていた。

それが今年で開催を終えると聞いたので、まだ走ったことがないカテゴリー、70kmにエントリーした。

2006年のブログ 山口100萩往還マラニック140km
2007年のブログ 山口100萩往還マラニック250km

大会会場は瑠璃光寺周辺で、18時スタートの140kmのランナーたちが既にスタートライン近くでスタンバイしているなか、ナンバー受付を行った。
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スタンバイする140kmのランナーと瑠璃光寺の五重塔
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参加賞は、Tシャツ、萩焼、ソックス男女一組
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