気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

47都道府県走破

埼玉県(その3):47都道府県の大会

さいたま国際マラソンは、さいたま新都心をスタートゴールする女子にとっては選考レースでもあるのだが、さいたま新都心ができる以前には、彩の国さいたまマラソンというのがあった。
今の北上マラソンと同じで、全日本マスターズマラソンを兼ねていて、尚且つ、埼玉県マラソン選手権でもあった。
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季節はちょうど今頃、上尾陸上競技場をスタートゴールで、旧中山道を鴻巣の手前まで走り左折、荒川を越えて吉見でさらに左折し、イチゴ農家を横目に上尾に向かうコースだ。
2000年と2001年に走ったのだが、寒く、風も吹くコースで、そう応援もいない、でもとても良いコースだと記憶している。
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川内優輝選手が県に在職中に復活して欲しいと思っていたのだが、叶わなかったな。
そして、その時の完走証は大事に取ってある。
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埼玉県(その2):47都道府県の大会

埼玉県のウルトラマラソンと言えば「オクム」
マラソン大会の主催者の一つに「スポーツエイドジャパン」がある。
埼玉県の毛呂山町を拠点に数多くの大会を主催しているが、その中でも特に有名なのがオクムの愛称で親しまれている「奥武蔵ウルトラマラソン」だ。

2014年までは、8月に開催されていたことから、夏のオクムということで名をはせた。

わたしは、毎年8月末に北海道マラソンがあることから、それまでは参加を自重していたのだが、もう北海道でのサブフォーも難しいことから、2012年8月に開催された大会で走ることにした。
真夏のウルトラはなかなかの厳しさで、連続参加とは行かなかったが、2015年から開催が6月になったので、この年以降は毎年参加している。
開催月が8月から6月に代わったのは、台風などの影響回避もあるが、特にこだわったのはカミナリだそうだ。
奥武蔵のグリーンラインの山々を走るので、雷の危険性は非常に高い。

距離は78kmだが、累積標高差は2,000mあるので、なかなか厳しいが、制限時間が比較的緩いので、走ったり歩いたりでも何とかゴールできる。
エイドも充実していて、給食給水には困らない。
体力と気力が続く限り参加したい大会の一つになっている。
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<折り返しの夏姫に会いに参加するランナーも多い>

奥武蔵ウルトラマラソン 2015年 2016年 2017年 2018年

もう一つ書くとすれば、フルマラソンか。
まだ、ブログなんてない時代に、ホームページ「鷲宮弦代JC」を作り、中年ジョガーの完走記を綴っていたことがある。
もうホームページは閉鎖しているが、その記述は残っている、当時から拙い文章だが、懐かしさもあり下に記すことにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2月4日(日)2001年彩の国さいたまマラソン(埼玉県上尾市)

昨年は4時間26分26秒と不本意な結果に終わったこの大会、今回はリベンジと張り切っていたのですが、このコースが中仙道を通るなど主要交通路という事もあるのでしょうがスタートが8時40分と早く、5時半起床と眠いのも手伝って多少だるいような状態でした。
走り始めて状態が良ければ自己ベスト、悪くてもサブフォーとの二段構えの作戦で走り始めました。
最初の5kmは順調な滑り出しでしたが、寒いのも手伝ってかトイレに行ってロスタイムが生じ、この時点で方向修正しサブフォー狙いでハーフを1時間57分で通過する事としました。
その後、高崎線の立体交差、荒川を渡る御成橋を過ぎて二回目のトイレタイム、その後、吉見のイチゴハウスを横に見ながらハーフ通過は予定通り1時間57分5秒とまずまず、すでに足底筋は痛くて悲鳴をあげていましたが、大腿部のケイレンさえなければサブフォー確実と多少スピードアップして、再度、荒井橋で荒川を横断し桜堤通りの28km付近で三回目のトイレ、もうサブフォーにはギリギリの時間しかない状態で最終関門の37.4km地点を通過、高崎線をアンダーパスして中山道に戻り上尾駅前を通り上尾陸上競技場の外周を一周半して競技場内のゴール!
ゴールタイム 3時間56分59秒
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若さだろうか、トイレに3回も行ってサブフォー。
しかも、ハーフ通過が1時間57分でも楽にサブフォーをクリア。
そして、確か、この当時は慢性的に足底筋痛だったことを合わせると、やはり若さなのか・・・。
 
彩の国さいたまマラソン、今のさいたま国際とは違い良い大会でした。
 








埼玉県(その1):47都道府県の大会

実家は神奈川県だが、社会に出てからは転勤と海外赴任を除けば、ずーっと埼玉県に住んでいる。
必然的にマラソン大会の完走は131大会と他の県に比べて圧倒的に多い。

ウルトラマラソンが5大会
フルマラソンが9大会
ハーフマラソンが40大会
10mileが11大会
10kmが34大会
5kmが25大会
その他、トラック、クロカン、トレイル、リレーマラソンなどの大会を完走しているので、埼玉県だけで、一通りの大会は完走したことになる。

PBの大会も、5km、10mile、ハーフマラソンと三つの大会で記録している。
1999年2月 はすだシティマラソン 5km 20分07秒
2000年4月 幸手さくらマラソン 10mile 1時間14分27秒
1999年2月 熊谷さくらマラソン ハーフ 1時間34分28秒

この頃は50代手前で、大した練習もせずに勢いで走っていた。
順位も参加者の1/3位の位置、今では3/4ぐらいの位置だから隔世の感ありだ。

完走した大会は131大会だが、このうち42大会は障がい者伴走で走っている。
ハーフマラソンが3回、10mileが3回、10kmが20回、5kmが9回、3kmが2回になる。
残り5大会は記録を取っていなかったので何キロか、今となっては分からない。

そして、今では消滅してしまった思い出深い大会が幾つもある。
フルマラソンでは、「彩の国さいたまマラソン」を2回走った。
2001年2月の時は、3時間56分59秒で走った。
残念ながら、マラソンブームが来る前に大会はなくなってしまった、現在のさいたま国際マラソンよりも数倍良い大会だったと思う。

ハーフマラソンだと、騎西町(現在の加須市)の「ふじの里マラソン」、用水路沿いを走る地味な大会だが近いということもあり参加しやすかった。

5kmだと、「宮代町新春ロードレース」か、東武動物公園のなかを走る大会で、開園前に参加者と応援の人が同時に入場する分には入園料は無料、開演前の動物舎を見ながらアップできるので、なかなか面白かった。
他に幾つもあるが、割愛する。

やはり、参加した大会が多い分、思い出も多い。
埼玉県は、2回に分けて書くことにしよう。

この写真は、2001年12月の「加須こいのぼりマラソン」ハーフのゴールシーン。
女房と一緒に走りゴール、当時は雑誌ランナーズが毎号、どこかの大会のゴールシーンを掲載していて、たまたま載ってしまった写真だが、やはり思い出深い。
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ランナーズのこの号は取っておくつもりだったのが、いつの間にかなくなってしまった。
おそらく廃品回収に出してしまったのだろう・・・。
 








群馬県:47都道府県の大会

阪神淡路大震災の年、1995年の夏に走り始めて、最初に参加した大会が、10月に行われた「渡良瀬遊水地ゆうゆうマラソン」の5kmになる。
練習では、5分/kmがやっとの走りなのに、23分23秒でゴール、ハアハアゼイゼイのなんと楽しかったことか、今日現在の大会参加数が557大会、その第一歩目のゴールでした。

群馬県での5kmは、この大会を2回走っただけになる。

10kmの大会は、正月の3日に行われていた「藤岡ジョギング」、渡良瀬遊水地に上州のからっ風が吹くなか4回走った。
正月の生ぬるさからの脱却として、手ごろな距離で、手作りな大会でとても良かったのだが、いつの間にか、開催されなくなってしまった。

******以下、今は閉鎖されたHP掲載時の記録です******
2004/1/3 第22回藤岡ジョギング大会(栃木県藤岡町)

3日に藤岡ジョギング大会の10kmの部に参加しました。
ランニングを始めて最初のお正月に走ったのが、八年前のこの大会です、会場は渡良瀬運動公園で主催者が藤岡陸友会という走友会で行われている大会、私が参加した10kmは運動公園内を3周するコースです。
ポカポカ陽気の中、午前10時半に79人(エントリー95人)でスタート、人数が少ない事もありすぐにバラけてしまいほぼ同じ走力のランナーが歩を進めていく、最初の一周目は自重していたが、20mほどの等間隔で前をいくランナーを次々に追いかける、結構きつくなるが、スタート前まで見ていた箱根駅伝を思い出す、フォームがバラバラになりながらも走りぬく強さをお手本に、前を追いかけ抜いていく。二周目三周目とラップを早めることができ、45分24秒でゴール。新年早々上出来のレースでした。
レース後、遊水地に移動し車内でオニギリを食べながら箱根駅伝をTV観戦、5区のタスキ渡しを見てから一周7kmの練習ジョグにスタート、駅伝を見ていた影響からか足が軽い、車に戻って再度TVを見るとちょうどゴールシーン。
これで帰ろうと思ったが、なんだか気をもらい、もう一周してしまいました。
******ここまで******

2008年9月の「お花畑ふれあいマラソン」も10km、大会名のほとんどが地域を示す名になっているなか、この大会は違う、今となっては記憶もなく、いぜん書いたブログで再認識した。

ハーフマラソンは、北軽井沢マラソンが2回、上州太田スバルマラソンは1回だ。

フルマラソンは、2002年と2004年の11月に開催された渡良瀬遊水地マラソンが2回、2002年は一ヶ月後のホノルルマラソン参加に向けて相棒と一緒に参加、女房の初フル完走だった。
フルマラソンはそれに、昨年走った9月の榛名湖マラソンになる、周回のアップダウンはキツカッタが今年も参加だ。
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変わったところでは、安政遠足侍マラソンを、4回走っている。
この大会は、5月の連休明けに行われていて、コースはすべて登りで距離は29km、ほとんどのランナーが仮装して走る、わたしも三度笠の仮装で走った、普通の格好で走るのが恥ずかしいくらいだ。
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群馬県でもエントリーしたが走れなかった大会が二つある。
東日本大震災の年の安政遠足侍マラソンと、昨年の上州太田スバルマラソンは大雨による中止だった。
 




栃木県:47都道府県の大会

阪神淡路大震災があった年のちょうど今頃の季節に走り初めて、早速その秋から参加し始めた大会が、栃木県の「とちぎ太平山・蔵の町マラソン」と「宇都宮マラソン」の5kmだった。
2ヶ月半ほどの練習で参加したのだが、5kmを23分切るぐらいでゴールでき、走る楽しさ、大会に参加する楽しさを実感した。

栃木県の有名なフルマラソンは、今でも制限時間4時間を守り続けている大田原マラソン、6回参加したが、関門に引っかかり2回はDNFだった。
関門は厳しいが、こういう大会があっても良い、ぜひ残して欲しいと思っている。

他には、さのマラソン(参加3回)、日光ハイウェイマラソン(1回)、はが路ふれあいマラソン(4年連続)を走った。
2017年度の年齢別マラソンランキングでは、315位/1,617人だったのだが、タイム4時間15分03秒は、はが路ふれあいマラソンでの記録だった。
この大会のアップダウンを思うと、なぜもっと走り易い大会で良いタイムが出せなかったのかと思う一年だった。
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ハーフマラソンは、鹿沼さつきマラソン(参加2回)、矢板たかはらマラソン(5回)、宇都宮マラソン(1回)、高根沢町元気あっぷハーフマラソン(1回)、渡良遊水地ハーフマラソン(1回)、下野市天平マラソン(6回)、おやま思川ざくらマラソン(2回)になる。
矢板たかはらマラソンでは、インターネットエントリー最速で証を貰って嬉しかった思い出がある。
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ハーフマラソンで、開通前の高速道路を利用した「二度とできない大マラソン大会」があったのだが、開催2日前の東日本大震災によって中止になった。
参加料の返金もできたのだが、義援金として受け取ってもらった大会だ。

10kmは、今市杉並木マラソン(参加8回)、板倉ハートフルマラソン(1回)、うじいえ卯の花マラソン(4回)、塩原温泉湯けむりマラソン(1回)、結城シルクカップロードレース(2回)、おやま思川ざくらマラソン(1回)。
今市杉並木マラソンの参加賞は、干支の絵馬だったので、12回は走ろうと思っていたのだが、9回目の直前に義母が亡くなり、それから参加意欲が湧かなくなってしまった。

ウルトラマラソンは、城内坂ウルトラマラソン70kmを走った、参加賞が益子焼のお皿なのが良かった。
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マラソン大会ではないが、「ジャパンスーパーデュアスロン渡良瀬遊水地大会」では、ラン5km+バイク10km+ラン2kmに参加したことがある。
バイクは、マウンテンバイクだったので抜かれっ放し、でも、ランでは抜きっぱなしという面白い経験をした。

「XTERRAスクランブルレッグ IN MARUNUMA」も思い出深い。
日本百名山の一つ、日光白根山をコースにした、25kmのトレイルの大会で、そのアップダウンと整備されていないコースはとてもキツク、何度も足が攣りかけ、かろうじてゴールできた大会だ。
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全日本山岳スノーシューイング・レース in 日光では、トレイルシューズにスノーシューを履いて、雪面を15kmを登って下って走った。
光徳牧場から山王峠に至る登り坂はとてもキツク、冬なのに大汗をかいた。日光アストリアホテルへ向けての下りはスノーシューが引っ掛からないように大きな動きで、脚を踏みだしたら止まることができず、大腿四頭筋がパンパンになったが、今では良い経験だと思っている。
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栃木県は開催大会の多さと、エントリー費の安さ、我が家からのアクセスの良さで、非常に参加し易いので助かっている。
まだまだ、この県の大会参加は増えるだろう。
 


茨城県:47都道府県の大会

走り始めたのが、1995年の夏が過ぎようかという季節で、それから、走歴1年に満たない翌年の4月に、初めてフルマラソンの大会に出た。
それが、かすみがうらマラソンになる。

秋から春にかけて、ハーフや10㎞など10大会ほど走って臨んだ、4月のかすみがうらマラソン、当然狙うはサブフォーだったが、見事に打ち砕かれてしまった。
暑さと未知の距離で、後半は、ほとんど歩いてしまい、ゴールタイムは4時間40分だった。
しかも、フルマラソンの疲労度が分かっておらず、帰りの車の運転、その当時はマニュアル車だったので非常に難儀したのを思い出す。

一度はフルマラソン完走との想いで参加した大会だったが、歩いてしまっては完走といえないと再チャレンジしたので、この大会で完走していたら、その後のフルマラソン完走136回はなかったかもしれないと思っている。

茨城県は、フルマラソンの大会が五つある、参加した順に回数を列記すると、
かすみがうらマラソン 5回
つくばマラソン 6回
勝田全国マラソン 7回
古河はなももマラソン 1回
水戸黄門漫遊マラソン 1回

このなかで、走り始めて10年ほど、足底筋の痛みから初めてリタイアしたのが、3回目のつくばマラソン、そして昨年は、足が攣り七転八倒した大会と苦い思い出だ。
全国の大会で36回のサブフォーを達成しているが、つくばが3番目に良い記録で、3時間37分52秒なので決して苦手な大会というわけではない。

かすみがうらマラソンは10mileも2回走った。
いずれも視覚障碍者の伴走で走ったのだが、良い経験になった。

ハーフマラソンは、いわい将門ハーフマラソンを4回走っているが、初めて走った時がちょうど、天候不順で葉物が高騰していた時で、参加賞のレタスが家で喜ばれたのをよく覚えている。



福島県:47都道府県の大会

福島県内の大会参加は四つ、2001年2002年と2年連続で走ったのが、東北のボストンマラソンと称されている「東和ロードレース」だ。
ハーフマラソンだが、往路の心臓破りの地獄坂、登りが得意と思っていた自分が叩きのめされた坂だ。
これが復路になると極楽坂になる、この大会で下り方を覚えたような気もする。

そして初めて見たのが、コース上の常設km表示に常設シャワーだ、7月の大会なので、このシャワーを潜り抜けてシャキッとして走りぬくことができた。
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三つ目は、「チャレンジ磐梯吾妻」距離は70km、標高差は1,550mになる。
麓の温泉から吾妻富士(1,705m)の噴火口を1周してスタート地点の温泉まで周回するコースで、有毒ガスが発生する脇や、残雪、水芭蕉など、面白いコースだった。
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四つ目は、3年前の「いわきサンシャインマラソン」フルマラソンになる。
このブログにも書いたが、前夜、走友と二人で焼酎のボトルを1本開けてしまって、二日酔いの状態で走った大会になる。
震災後の大会ということで、沿道の応援は素晴らしかったが、雨も降り寒くて、辛かった記憶しか残っていない。
後にも先にも、二日酔いで走ったのはこの大会だけだ。
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いわきサンシャインマラソンの完走が109回目だったのだが、さすがに悔いが残る、必ずもう一度走ってみたいと思っている。
 




山形県:47都道府県の大会

山形県で走った大会は唯一「葉山山岳マラソン」の一大会のみになる。
葉山(標高1,462m)は、山岳信仰の山でもあり、農業の神が住むとも言われている通り、水がとても美味しい。

大会は、「霊峰葉山を吹き抜ける風と一緒に走ろう!」というキャッチコピーだが、累積標高差1,700mと距離32kmからみても、そんな甘い大会ではなかった。
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コースは、舗装路と登山道で、登山道の入り口出口で、シューズを履き替える。
ランニングシューズとトレランシューズ、山道は急こう配で季節がらぬかるんでいたりするので、履き替えは必須だ。
走っている最中は、とにかく辛かったことしか覚えていない、なんて大会に出てしまったんだと思った。
ゴールした直後は、不完全燃焼で、また来年もと少しは思ったが、翌年にはもうあんな辛い大会は・・・、と思ったのが正直なところだ。

季節は、6月最終週~7月第一週で、佐藤錦の食べごろとダブるので、この大会を走らなくても、この地の走友の実家のサクランボ狩りに行ったのは良い思い出だ。
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山形県にもフルマラソンはあるので、普通のコースを一度走ってみたいと思っている。

葉山山岳マラソンの完走記
 




秋田県:47都道府県の大会

秋田県の大会参加は二つ。
2002年の「秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソン」は、ウルトラ初挑戦の四万十川の次のウルトラとして走ったが、上り下りで脚を使い果たして68.5kmでリタイアした。
同一県内のスタート&ゴールで全都道府県走破とカウントしているので、この大会は含まれないが、とても想いで深い大会だった。
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まるでゴールのような写真だが、北緯40度線を越えたところだ。

そしてもう一つは、カウントできる、2013年の田沢湖マラソン
9月の開催ということで、走り込みも出来ていないなか、台風が襲来、強風と大雨のなかの走りで、制限時間ギリギリの完走だった。
まだ、秋田県の大会でスカッとゴールしたことがないので、何処かの大会に参加したいのだが、やはり走るならフルマラソンだと思っている。
 


宮城県:47都道府県の大会

宮城県の大会参加は、仙台国際ハーフマラソンのみで、フルマラソンもウルトラマラソンも走ったことがない。
仙台国際ハーフマラソンを最初に走ったのが、2012年になる。
この年から参加条件が緩和され、わたしの持ちタイムでもエントリー可能になったので走ることができた。
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その後、2014年、2017年と3回走っている。
コースは仙台の目抜き通りを走ったり、アップダウンがあったりで走り易いと思う。
ネックは、暑さか、わたしは汗っかきなので多少気温が上がると結構しんどくなる。
それと、都市マラソン共通の悩みだろうが、ホテルが取りずらい。
過去3回とも車で行ったので、宿泊は仙台市内ではなく、多賀城の方で泊まった。
駐車場が無料なので、当日はホテルに車を置いたまま、仙石線に乗り20分ほど会場の最寄り駅に着く、意外に便利だった。

今年はエントリーしなかった。
この大会は、数年に1回の割で走れれば良いかなと思っている。
また、フルマラソンの大会開催が幾つかあるので、いつかはと思っているのだが、わたし的にはどうも魅力が今一で躊躇している。




岩手県:47都道府県の大会

岩手県の大会参加は、北上市で行われている、いわて北上マラソンのフルマラソン2回のみだ。
大会は、北上総合運動公園で行われているのだが、そこにセブンイレブンがあり、オーナーが、会社の後輩だったことから、参加した2回とも大変お世話になった。

2007年に参加したのは、いわて北上マラソン。
2013年に参加したのは、いわて北上マラソン大会・全日本マスターズマラソン選手権大会で、今でもマスターズで走ったのはこの大会だけだ。
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2007年10月に走ったのが1回目なのだが、望んだわけでもないのに紆余曲折のなか、月初めに、社員100人規模の関連会社の代表になってしまい、激務が襲い、疲労困憊のなかを走ったのをよく覚えている。

2回目はマスターズ登録で走った、タイムは4時間半を超えていたのだが、60歳代で17位だった。
この時は、観光を兼ねていて、盛岡・北上・遠野の旅をした。
カッパ捕獲許可証なんて面白いものも手にいれた。
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岩手県も大会はいろいろと開催されているが、走ってみたいと思っているのは、早池峰マラソンと岩手銀河100kmチャレンジマラソン。
ただ、岩手銀河はアップダウンのあるなか制限時間が14時間なので実際は無理で、もう少し若い時にチャレンジしておけば良かったと思っている。


青森県:47都道府県の大会

青森県の大会で最初に走ったのは、東北6県の大会参加としては最も遅い2012年の弘前・白神アップルマラソンになる。
母と女房一緒に我が家から車で移動、途中、花巻温泉で一泊して参加した大会で、雄大な岩木山とリンゴ畑を見ながらのランで、最後の上り坂がきつかったが気持ちよくゴールができた。
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これがフルマラソン完走88回目の大会、車だったので産直のリンゴを山ほど買って帰った。

他に、昨年のみちのく津軽ジャーニーラン200Kは久々のロングウルトラで、制限時間39時間のところ37時間38分でゴール、92位/完走117名で、完走率は、59.69%。
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前半が予定タイムより遅かったので、寝ることができず、真夜中には夢遊病者のようにフラフラとしながら走っているのが自分でも分かったのだが、どうしようもなく辛かった。
そして、とにかくゴールまでが長かった、日中の暑さもあり何度も諦めかけたが、速いじゃなくて強くなれと自分に言い聞かせながら走ったのを思い出す。

今年は、更に竜飛岬まで行くみちのく津軽ジャーニーラン250Kに参加したが、こちらは150kmほどでリタイアしてしまったので、47都道府県走破にカウントすることができないのが残念だ。

いずれの大会も弘前市内がスタートゴールなので、下北半島側や内陸部の大会参加は皆無だ、ピンとくる大会があれば参加したいと思っている。


北海道:47都道府県の大会

47都道府県走破まであと3県、まずは北海道の大会から振り返ってみたい。

北海道で最初に走ったのが、1999年の北海道マラソン。
サブフォーの記録を持っていないと走れなかった大会で、ハーフ地点からはほぼ最後尾を走り、監察車から「これで交通規制は解除されます」のアナウンスを聞きながら、この車に追いつかれたら歩道に上がり、ナンバーを外さなければならないという厳しい状況のなかゴールできた喜びは今でも覚えている。
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(ランシャツ・ランパンは同一ロゴなど陸連の厳しい規則に初めて接した大会でもあった)

北海道マラソン以外のフルマラソンでは、洞爺湖マラソンJAL千歳国際マラソン別海町パイロットマラソン奥尻ムーンライトマラソンを走った。

洞爺湖は開催月が5月なので、冬場からの練習の積み重ねの成果が出せる良い大会だと思う。
もちろん、湖の美しさや、雪に羊蹄山を眺めながらのランも雄大で素晴らしい。

別海町はコースのフラットさから記録が狙いやすいと思う、それに参加賞の新巻鮭1本は他の大会にはない豪華さで、この大会はもう一度機会があれば出たいと思っている。

奥尻は今年走ったばかりだが、海沿いの街灯がないコースをイカ釣り漁の船から漁火で照らし、船から大漁旗を振っての応援という涙が出るような演出で良かった。

ハーフマラソンは、余市味覚マラソンたきかわコスモスマラソンの2大会。
10kmは、北海道マラソンの前日に開催された、ニトリファミリーマラソンを2回走ったが、翌日の北海道マラソンがとてもキツカッタのを覚えている。

ウルトラは、サロマ湖100kmウルトラマラソンになる。
制限時間が13時間とわたしには厳しい大会で、ワッカ原生花園に入ってからはもうボロボロで一度はゴールを諦めたのだが、折り返してからの緩い上り坂で、ヤケクソ気味に走り抜いたら、なんと復活してゴールできた、これも嬉しい大会だった。

北海道の大会は、北海道マラソン19回の参加を含めて30大会に参加していた。

47都道府県走破への道

ランナーズ12月号で、最強の市民ランナー川内優輝さんが、47都道府県での市民マラソン完走まであと7県、5年以内に達成すると書かれていた。

気に入った大会だと何年も同じ大会に参加している身としては、改めて自分自身の47都道府県走破を現実のものにしないとと思った次第だ。

わたしが、今迄に走った大会数は、538大会
リタイアした回数が20回あるので、518回は完走したことになる。
そのうち、フルマラソンは129回完走、ハーフマラソンは134回完走しているので、この2種目で全体の完走数の半分を占めていることになる。

47都道府県で、残っているのは、大分県、長崎県、島根県、広島県の4県になる。
川内優輝さんが残り7県なので、わたしの方に分があるようにも思えるが、なにしろ圧倒的に勢いが違うので頑張らねば・・・。

ちなみに、島根県の大会、えびすだいこく100kmマラソンを走ったことはあるのだが、走友たちとリレーで走ったので、全員でゴールラインは踏んだが、自分自身はスタートラインには立っていない。
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広島県は、しまなみ海道100kmウルトラ遠足で福山城をスタートし、島を含む広島県内を50km以上は走ったと思うのだが、ゴールは、愛媛県の今治だったので、広島県内でゴールしていないので、47都道府県走破には含めていない。
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長年走っているからか、どこの大会が良かったですか?お勧めの大会は?
と聞かれることがあるのだが、どうしても、最近の印象で話してしまうことが多い。
そこで、47都道府県走破まであと4県残っているが、それぞれの地の大会を振り返ってみることにした。





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