気楽に行こうよ ♪

「中年ジョガーの四方山記」、「鷲宮弦代JC」と綴ってきたブログ、またお引越し、還暦を遙かに過ぎ、一生懸命というほどの根性もなく、なるがままに・・・。

マラソン大会

愛媛マラソン

愛媛マラソンは、2年連続3回目の参加になる。
3年前は4時間8分だったので、相性が良いと思って昨年参加したら、飛行機が雪で飛ばず、新幹線と在来線の移動を余儀なくされた。
長時間座っていたため、梨状筋を痛め、当日は散々なタイムだった。

今回は故障中ということもあり4時間10分台を目指してスタートした。
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前半は、6分/kmを切るペースで前に進むと、ちょうど走友Mさんが前にいたので、しばらく付いていくことにした。
向かい風なので、風除けにもなる。

ただ、2週間前の館山若潮マラソンの際には痛まなかった足底筋が、ハーフを通過した辺りから痛み出し、我慢できずにロキソニンを2錠飲んだ。
少しは効いた感じがしたが、足裏が痛いとバネが感じられず、せっかくの追い風が味方にならず、次第にタイムも落ちてきた。

こうなると、弱気の虫が起きだし、休めやすめと囁いてくる。
結局、トイレによって小休止、エイドではバナナに豚汁や坊ちゃん団子を食べてしまった。
ゴール2kmほど手前では、今回DNSしたTさんが旗をもって応援してくれていたので、ここ幸いと立ち止まり暫し屈伸をしながら会話、そして最後は左ふくらはぎが攣りそうになったので、引きずるような走り、ゴール手前の左折で先にゴールしていたYさんの声援を受け、なんとかゴール。
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4時間10分台はならず。
すぐ後続には、昨年リタイアしたNさんがゴール、さらに直後にTさんもPBでゴール。
いやー、来年あたりは追い越されるかもしれないな。

翌日は走友たちとしまなみ海道をレンタサイクル、今治から来島海峡大橋を渡り、満喫した。
しまなみ海道100kmウルトラ遠足が復活したら、また走りたいと強く思った。

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大晦日

今年は、春先に白内障の手術をしたので走れず、初夏以降は夏バテ、秋には軽い肉離れ、そして足底筋痛で思うように距離を踏めず、1年間の走行距離は昨年とほぼ同じの2,155kmだった。
一昨年は3,000km近く走れたので、三分の二となってしまった。

大会参加の総距離が、940kmだったので、練習はわずか1,200kmほどしか走らなかったことになる、ガックシだ。

今年の大会エントリーは27大会だが、DNSが2大会、同じくリタイアが2大会なので、走り切ったのは23大会になる。
ウルトラマラソン系が2回
フルマラソンが11回
ハーフマラソンが5回
10kmが3回
リレーマラソンが2回になる。

2019
 2019年のエントリー大会一覧(クリックで拡大)

それでも、2月の姫路城マラソンは旅ランとしてとても楽しかった。
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7月の津軽ジャーニーラン177kmも序盤に足が攣りながらもゴールテープを切れたのは、まだまだ粘れる力があると実感し嬉しかった。
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山は、富士山の次に高い山「北岳」夏に登った、50年ぶりの北岳は下山後さすがに消耗した。
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秋には、いわて盛岡シティマラソンの翌日にあこがれの早池峰山に登って感動した。
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まあ、なんだかんだ言って、こう振り返ってみると、今年も沢山遊んだんだと思う。

走友たち、いろいろと遊んでもらってありがとうございます。
良いお年をお迎えください!
 



川内杯栗橋関所マラソンのボランティア

伴走以外のボランティアは久しぶり、川内杯栗橋関所マラソン(10km、2km)の受付とゴール給水ボトル渡しのボランティアをした。

走友の車に乗せてもらい、6時40分ごろ会場に到着した。
早速、受付体制のセッティングを行い、準備ができたので開始前だったが受付を始めた。
わたしは女子の10km担当だったので、それほど混雑することなく対応できたが、男子は時々列が長くなることがあった。
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陽射しがあり風もないが、やはり素手では寒い、チェックシートの紙をうまくめくれないこともあった。

心がけたのは、挨拶とゼッケンや参加賞を手渡した後の声掛けだ。
無口なわたしとしては、1週間分ぐらい口を開いたかもしれない・・・。

9時30分、小学生の部2kmがスタートしたら、受付人員を減らした。
ギリギリまで10kmランナーを受け付ける、スタート15分前を過ぎても来る方がいるのには驚いた。
わたしには、とても真似は出来ない。

10時、10kmのスタートを見送ったら、ゴール後のペットボトル渡しと記録証配布の動線確保だ。
ゴール地点と記録証配布の位置が近すぎて、なかなか厳しい。
そうこうするうちに、30分ほどで先頭ランナーがゴールした、あまりの速さにビックリだ。

途中で表彰式も始まったので、少しづつ動線をずらしてペットボトル渡しの対応をした。
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最終ランナーがゴールしたら、撤収だ。
会場では、川内優輝さんとのじゃんけん大会が盛り上がっていたが、みんなで手際よく片づけができたと思う。

参加ランナー1,000人ちょっとのローカルな第1回大会。
川内杯とうたっている通り、川内一家のおもてなしが、ランナーにとって大好評だった。

今まで、都市マラソンの受付を何回もしたが、この大会の受付もなかなかボランティアのし甲斐があって楽しかった。
もちろん、いろいろな改善点があるのは分かっている。
その改善が成っているか確かめるために、来年も走らずに、この大会のボランティアをしたいと思っている。
 

いわて盛岡シティマラソン

東北6県の県庁所在地としては初のフルマラソンの大会開催だそうだ。
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盛岡駅近くのホテルに泊まったので、シャトルバスも出ていたが、会場まで歩くことにした。
会場は、岩手大学のなか、趣きのある建物もあった。

曇り空だが、予報は午後になったら陽射しが出るとのことだったので、防寒対策はせず、半そでTシャツにランパン、脹脛の故障が完全に癒えているのか不安だったのでゲイターも着用した。

9時にスタート。
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学内を出て直ぐに大学の応援団なのだろうか、昔ながらの節回しで応援歌を唄っていて、これはこれで楽しかった。
暫くは、住宅街だったり商店街だったり、官庁街を走るので、思ったよりも沿道の応援は多かった。
ただ、新幹線沿線よりも西側に行くと流石に応援もまばらになったが、なぜか応援は「ありがとう」と言う、頑張れではないのだ。
福島のいわきサンシャインマラソンを走った時も、沿道のあっちこっちで、ありがとうとと言われたのを思い出した。
被災して復興はまだ道半ばなのかもしれないが、来てくれてありがとうの言葉が身に染みた。

故障してから、走り込みも出来ず、更にそれ以前から暑さにかまけて練習していなかったので、5時間切り、あわよくば、4時間半と思っていたので、暫くは6分/kmを意識した。

10km通過が59分
20km通過が2時間20秒と想定通り、脹脛の痛みもなく、若干、足裏が痛むことがあったが、エイドで歩くと緩和された。
20kmから25kmで、20mほど標高を上げる。
更に、そこから、1.5kmほどで40mほど駆け上がると紅葉も美しい御所湖だ。
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走れずに歩いているランナーもいるが、ここは歩かなかった。
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37km附近か、左手前方に綺麗な山が見えた。
思わず沿道の方に聞いたら、岩手山だそうだ。
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あいにく、山頂までは見えなかったが、山すそが美しい。
しかし、この10kmはトイレ休憩も入れてだが、7分/kmの走りしか出来なかった。

雫石川沿いを走る、しばらくして40kmを通過、このままダラダラ走っても練習にならないと、ここからピッチを上げた。
中央公園がゴール、この間の2.195kmは、13分7秒。
かろうじて、6分/kmを切る速さ?で走り切ることができた。

記念メダルは南部鉄製、小さいけど重たい。
フィニシャータオル、これも小さかった。
完走証はない、自分でネットからとってくる。

振る舞いは、盛岡の三大麺、じゃじゃ麺、冷麺、わんこそばから一つ貰って食べる。
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最初知らずに、続けて食べてしまった。
制限時間ギリギリ完走の方の分まで食べてしまったか、申し訳なかった。

岩手の大会としては、北上マラソンに3回エントリーしたことがあるが、同じ10月でも初旬に行われる大会としては暑かった。
更に、この2年は台風の上陸によって中止になっていた。
そんななか、暑くもなく、台風の心配も少ないこの大会、来年は、北上じゃなくて盛岡がもっと流行るかもしれないなと思う。
でも、歴史ある北上マラソンもぜひ頑張って欲しい。
 

エイジシュートみたいな・・・。

大会初参加は、1995年10月22日の渡良瀬遊水地ゆうゆうマラソンの5kmだった。
なので、走歴は間もなく、24年ということになる。

初リタイアは、2002年9月22日の秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソンだ。
北緯40度ラインは超えたが、70km手前で脚が動かなくなった。
走り始めて7年後、2度目のウルトラマラソンが初リタイアになった。
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それから今日まで、走るのを止めた理由は様々だが、スタートしてゴールにたどり着けなかったのが20回、この20回の大会をリタイアしたことになる。

今日時点で、マラソン大会の参加回数は、581回になるので、完走した回数は561回だ。
普通のランナーよりは参加した大会の数は多いと思う。

ゴルフではエイジシュートというのがある。
ゴルフの1ラウンド(18ホール)ストロークプレイを、自身の年齢以下の打数でホールアウトすることをいう。

自身の年齢 × 10 = マラソン大会回数(or 完走回数)
今だと、
680 > 581 (561)だが、

これを目指せないかと思っている。
先ずは、大会参加回数、スタートラインに立つ回数だ。
エントリーしていながら、自身の都合や降雪、災害などで15大会をふいにしている。
やはりもったいなかったが、東日本大震災など致し方ないことなのだ。

それでも毎年20回以上の大会参加なので、77歳~78歳で到達できるのでないか?

夢物語になるかもしれないが、まずは、健康で長生きしないとダメ、でも、チャレンジのし甲斐はあると思っている。
 



千葉県:47都道府県の大会

全都道府県制覇へ、残り2県(広島県、長崎県)なのだが、今年はこの2県のエントリーをしていないので達成は来年になる。

千葉県の大会、ハーフマラソンは、手賀沼エコマラソンを1996年から5年続けて走った。
この大会の思い出は、やはり、わたしのランニングライフの原点、Team enjoy_running との出会いだ。
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Team enjoy_running、鉄の掟は、
1.飲みに誘われたら断らない
2.誰もが、イベントや飲み会を企画する(誰かの企画に付いてくるだけはダメ)
3.一つのテーブルで話題を共有する(一つのテーブル以上にメンバーを増やさない)
Teamとしての練習会は多くて年に2回ほどだったが、みんな、あっちこっちの大会を走っているので必ず誰かとは会う。

このTeamのおかげで、いまのわたしがあるとホントに思っている。
この手賀沼で、わたしが50歳記念に来年は、初ウルトラの四万十川を走りたいと言ったら、4人が、では、わたしの完走を後押しするブースターになると言ってくれた、とても嬉しかった。

ハーフマラソンは他に、千葉マリンマラソンを走っている。
陸連枠で、一般よりスタートが早く、少人数なので気持ちよく走れた。
タイムは、1時間40分45秒だった。

フルマラソンは、館山若潮マラソンが7回、佐倉朝日マラソンが2回だ。
館山若潮マラソンは、毎回、横須賀の久里浜からフェリーに乗って参加する。
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温暖な地なので、1月なのに菜の花が咲いているかと思えば、雪の時もあった。

走友会主催の流山5時完走という大会にも2回参加した。
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    (松田千枝さんと)
この大会、7月末の暑い時期にロングを走れるのは有難かった。

最近では、松戸市七草マラソン(10km)に参加しているが、来年は会場のリニューアルで中止になってしまった。

千葉県の大会は、都合、24大会に参加したことになる。
 


榛名湖マラソン

昨年はエントリーしたものの台風で中止になった大会、一昨年に続き2回目の参加。
前回同様に地元の仲間たちと朝5時に集合して車移動、榛名湖に7時15分頃に着いたので順調だった。
受付を終え、湖畔の良い場所にテントを張り、高崎からバス移動の走友たちと合流した。
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大会のうたい文句は「美しい湖畔をぐるぐる廻る日本一標高が高い過酷な公認コース」
会場周りを一度周回してから、標高差78m約7.8kmを5周するコースになる。
この78mを一気に登るのだが、前回は一度も歩かなかったのに、今年は最初からすべての周回で歩いてしまった。
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原因は、思ったより暑かったこと、坂道の練習不足、標高1,100m、フォームを変えている途中なこと、脚が攣りそうになり必要以上に用心してしまったこと、足底筋が痛み出したこと・・・。
出来なかった理由はいくつでも見つかるものだ、これじゃいかん!

3周目で、走友Yさんに追い抜かれ、もうリタイアかもと弱音。
歩いてでもゴールしてと言われたが、もう内心あきらめていた。
それになんだかとても眠かった。
湖の西側の第2給水所では毎回、頭から被り水、それほど暑かった。
4周目で、既にゴールしていたYさんから間に合うから走ってと言われ、まぁ、間に合うかと走り始めた。
それまで、たらたらと足を進めていたのに、最後の周回となったら、妙に足が動く、流石に急坂は歩いたが、多少のアップダウンは走り切った。
第2給水所の手間の坂で、走友T.Kさんの背中が見え、一気に追い抜いた。
そして、給水所で水を被って、T.Kさんを待ち、一緒に走った。
すると、今度は周回遅れの走友A.Aさんの背中が見えた。
結局一緒に、おしゃべりをしながら、ゴール。
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わたしとこのコースで勝負した走友N.Kさんは、既にゴールしていた。
あっちこっち攣っていて七転八倒していたのがおかしいが、私の負けだ。

榛名湖温泉ゆうすげで汗を流し、前橋でトンカツ屋。
上州麦豚ロースかつ定食を頼んだ、とても美味しかったのだが、胃腸が相当弱っていたのか完食できなかった。
こんなことも初めて、歳を感じてしまった・・・。

伴走以外では、こんなに遅い完走タイムはないが、これもこれからの大会の練習と思って、活かしていきたいと思う。

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北海道マラソン

今年で21年連続参加。
今年もすすきののホテルだったので、走る格好そのまま、さらに荷物無しでスタート地点に向かった。
時々、雨がパラつくなか、9時にスタート、気温は18℃、昨年が24℃だったからだいぶ涼しい。
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8月になって、暑さで練習せず、更に母親の体調が思わしくなかったので、例年と比べ走行距離は相当落ちている。
絶好のコンディションなのに、うまく走れない。
キロ6分の維持も難しい。
7月の津軽半島ジャーニーラン177kmと今月初めの北岳登山の疲れもあるのか、フォームが定まらない。

JR札幌駅を過ぎ、10kmの給水地点を過ぎたカーブの手前で、東京から応援に駆けつけてくれたOさんを発見、今年も写真を撮ってもらった。
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新川駅を過ぎ、18km地点辺りか、今年も地元のHさんが立っているのが見え、大きく手を振り、写真を撮ってもらった。
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新川通を折り返して、スイカを食べ、コーラ給水をする、給水では氷をもらいキャップのなかに入れて走るが、すでに消耗している。
走りは完全に摺り足のウルトラ走りだ、悔しい。
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何度も脹脛が攣りそうになるので、その度に、足を止めて屈伸をし、ゆっくりと走り始める、その繰り返しになった。

昨年よりは走り易いと思っていたが、結果、昨年より時間が掛かってしまった。
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これで、フルマラソンの完走は146回。
北海道マラソンは18回目の完走、20回までは行きたいと思っている。
 

ウルトラトラックモード

5月に買ったGamin フォアアスリート245MUSICのバッテリー持ち時間は、仕様によると、GPSモード+光学式心拍計で、22時間になっている。

一方、先日走った、津軽半島ジャーニーラン177kの目標ゴールタイムは、35時間弱だった。
そこで、予め、95.3km地点の鰊御殿レストステーションにモバイルバッテリーを送っておいて、ここに着いたら直ぐにチャージしようと準備していた。

ただ、このレストステーションまでの目標タイムが、15時間超、うまく走れなかったら、更に時間は掛かる。
仕様では22時間だが、実際は更に短いということは多々あるので、設定で更に節約する方法を探してみた。

一つは、データ記録だ。
データの記録間隔が設定できる。
「スマート」:走行中の速度やデータの変化に応じてデバイスが自動で記録間隔を調整しながらデータを記録する、このモードによりバッテリー消費が抑えられる。
「毎秒」:データを毎秒ごとに記録する、記録したデータの精度は向上するが、バッテリー消費が増えるため長時間のアクティビティには不向き。

このデータ記録は、常時、「スマート」にしている。
直線コースで、ペースタイムが変わらないなと思うこともあるが、そのうちに修正されるので、わたしの速さでは全く問題ない。

もう一つは、GPS受信モード、次の4つの設定があった。
「GPS」:GPSとみちびきのみを受信
「GPS+GLONASS」:GPS、みちびき、GLONASSを受信、測位制度は向上するがバッテリー消費が多と書いてある。
「GPS+GALILEO」:GPS、みちびき、GALILEOを受信、測位制度は向上するがバッテリー消費が多と書いてある。
「UltraTrac」:GPSの受信と各種センサーの取得頻度を低くしてバッテリー消費を抑える。記録されるデータ精度は落ちるが、長時間にわたり稼働させたい場合には便利とあった。

試す時間がなかったが、節約という観点から「ウルトラトラックモード」に設定を変えた。
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結果だが、
鰊御殿レストステーション95.3km地点が、98kmだった。
また、ここからゴールまでが、81.7kmなのだが、86kmという数値を記録した。

やはり、仕様通り、精度はかなり違った。
もちろん、自動ポーズにしていないので、その差もあると思うが、やはりちょっと誤差が大きい。

走っている最中は、距離よりも、地図上の目標までの時間で把握していたので特に問題はなかったが、これだけ距離が違うとは思わなかった。
ちなみに、バッテリー残量は、どちらでも30%ほど残っていたので、効果はあったのだろう。

走る目的や場所によって使い分けが必要だな。

ちなみに、ガーミンコネクトにこんなバッジ、狂気の沙汰とは・・・。
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みちのく津軽ジャーニーラン177k その3

日付が変わって、レストステーションの鰊御殿を後にする。
しばらくは、十三湖からこっちに向かってくるランナーたちとすれ違う、お互いに、おつかれさま~と言いながら交差する。
あとどの位で鰊御殿ですかと聞いてくるものもいる、もう僅かな距離なのだが聞かずにはおれないのだろう。

すれ違いの分岐、ここから東南の方向に行く、次のエイドはまだ遠い、とりあえずの目標は地図上にある道の駅だ。
真っ暗な道を進む、基本的なコース取りは、歩道が最優先、歩道がなければ路側帯が広いほう、それも無ければ、右側走行だが、あまり片側によっても深夜だと怖い。
道の駅では思った通り、何人か休んでいたが、そのまま通り過ぎる。

霧雨だろうか、さすがに眠くなってきた。
3年前と同じ公園で休むことにする、ここはトイレや駐車場もあるが、周りの景色は暗くわからない。
ベンチで横になる、時刻を確認して目を閉じた。
寝たのかどうか分からないが、目が覚めた、10分ほど過ぎたようなので、トイレをすまし、再び走り始めた。
徐々に空が明るくなってきた。

263㎞のランナーたちとの合流地点を過ぎ、更に行くと集落がある。
115㎞辺りか、再び眠くなってきたので、スクールバスの待合室に入り、横になった。
また、10分ほどで目覚めたが、今度はスッキリした感じがした。
夜明けの岩木山が右手に姿を現した。
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中泊町の総合文化センターエイド(118.5km地点)にやっと着いた、5時25分だった。
温かいコーヒーを頂き、20分ほど休憩して次の太宰治の生家「斜陽館」に向かう。

この間の7.8kmは、なぜか快調だった・・・、と言っても振り返ると10分/km程度なのだ。
コース上の津軽半島は、ため池が多い、ここでもゴミ出しや散歩の人たちに挨拶しながら走った。

斜陽館の前にある金木町観光物産館エイド(126.3km)に着いたのが、7時5分だった。
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五所川原のバイパスを行く、広々として気持ちが良い、ここまで来ると定期的にコンビニがあるので給水の心配はなくなる。
晴れて、右手には今日も岩木山が堂々と姿を見せる。

道の駅つるた(145.6km地点)11時丁度、スポーツプラザ藤崎(156.4㎞地点)が13時22分。
この間にも私設エイドがあり、ご夫婦から、少し濃いめのツユのソーメンを頂いた、ビックリするくらい冷たく美味しかった。
昨日お会いしたご夫婦からは、やはり冷たい飲み物を頂いた、ホント感謝だ。

黒石駅前多目的広場エイド(165km地点)に15時38分。
ここで名物の黒石ツユ焼きそばが美味しくて2杯頂いた。
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こみせ通りを通り、次の田舎館役場前(171.4km地点)へ、もうここまで来れば安心だ。

田んぼアートで有名な田舎館役場に着いたのが、16時47分。

そして、弘前市内にあるゴールのさくらの百貨店、17時55分34秒でゴール。
動いていた時間は、34時間55分34秒、さすがに達成感ありだ。
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階上にある温泉施設で汗を流し、宿泊先のホテルに移動、チェックインしたら、ベッドに倒れこんだ。
目が覚めたら、もう夕食の時間を過ぎており、コンビニで冷やし中華にビール。
食べながら飲んで、2缶目を開けずにまた寝てしまった。

翌朝は、4時に目覚め、温泉につかりながら岩木山をながめ、洗濯をした。
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みちのく津軽ジャーニーラン177k その2

路上の気温計は28℃の表示だから、路面は30℃を超えているのだろう。

鯵ヶ沢の海の手前の橋を左折すると、コンビニがあった。
もう少しで、エイドだが、立ち寄り、ペットボトルとクーリッシュを買い歩いた。
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鯵ヶ沢の駅前を通過し、日本海拠点館のエイド(49.3km地点)に14時54分に着く、稲荷ずしを頂く、美味しい。

鯵ヶ沢を通過するのは三回目だが、とても美しい海だ、相変わらず、「わさお」のお店は観光客で賑わっている、今回は寄らずにそのまま走っていく。

前を行くランナーが見えなくなってきた。
単調な道が辛いが、その先にはコンビニがるので、ひたすら我慢して脚を進めた。

コンビニの前では、数名のランナーが休憩をとっていたが、飲料とサンドイッチを手にそのまま行く、クーリッシュは、あまりに暑いので、キャップのなかに入れ頭を冷やした。

何人かに抜かれるが我慢してマイペースで行く、亀ヶ岡遺跡のエイド(67.4km地点)、18時13分だ。
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蕎麦を2杯頂く、徐々に固形物を受け入れなくなってきている。
さて、次のエイドの鰊御殿までは、27.9kmある、右手に広大な十三湖があるのだが、もう暗くて見えない。
街灯など一切にない真っ暗闇の道を進む、ヘッドランプで少し遠方を照らし、手持ちの懐中電灯で直前を灯す、背中には点滅灯で危険防止は万全だ。
女子ランナーは、なるべく男子ランナーと一緒に走って欲しいと主催者が言っていたが、分からなくもない。

風も強くなってきて、キャップが飛ばされないように手で押さえながら前に進む。

鰊御殿(95.3km地点)に着いたのが、23時8分。
机上の予定より、50分ほど遅い。
岳温泉、日本海拠点館にいたボランティアのT.Mさんが、ここにもいてビックリ。
お勧めのリンゴカレーを頂き、とても美味しかった。
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モバイルバッテリーでガーミンウォッチとスマホの充電をしながら、顔を洗い、インナーからウェアまですべて着替えた。
既にあっちこっちにガタが来ているので、スムーズにいかないが、慌てると攣ったりするので慎重に行動した。
特に休んだ感じはしないが、1時間ほど経っていた、何人ものランナーが寝ていたが、当初から、ここを0時にはスタートすると決めていたので、10分ほど遅れたが、ボランティアの方々に挨拶してリスタートした。

(続く)

みちのく津軽ジャーニーラン177k その1

今年で3回目の参加。
毎回、コースと距離が変わるが、今回走ったのは177km。
日曜日の朝7時、弘前駅近くの公園をスタートし、弘前城を巡り、先ずは岩木山の麓にある岳温泉を目指した。
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弘前市内

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弘前城

早朝から気温は高めで、用心しなけりゃと思っていたのだが、岩木山神社まで、給水も塩熱サプリも補給しなかった。
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リンゴ畑と岩木山

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岩木山神社

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小さいながらリンゴ

その付けが、最初のエイド岳温泉を過ぎた直後に訪れた。
どうも脹脛が攣り気味だな、用心しなけりゃと思った瞬間、左脚が攣った。
後から来るランナー達に声を掛けられるが、なかなか大丈夫だとは言えない。
横になったらと言われるが、横になったら、他の部位が攣るのは経験済みなので、ひたすら、同じ姿勢で時を待つ。
暫くすると緩和してきたので、姿勢をちょっと変えたら、今度は右脚が攣った。
筋肉がひっくり返るんじゃないかと思うほどだが、暫くすると緩和した。
違和感があるままだが足を進めた、正直、ここでリタイアかと思った。

そこに、後から来たランナーからどうしましたか?の声。
攣ってしまいましたと言ったら、攣り防止だと言って、薬をくれました。
飲んで暫くしたら、楽になったし、基本下り基調なので脚を進めることができた。

ただ、この間の距離27.1kmはコンビニなし、自販機も期待できない魔のコース。

つぶれた酒屋の自販機でファンタがあったので一気飲み、この後はどうするか、非常用の経口補水液は最後の手段と悶々と走っていたら、私設エイドがあった、氷入りのコーラを頂き復活、埼玉県の参加者多いねと言われた。

さらに、暫く行くと、また別の私設エイド、ありがたい、ここでもコーラを頂いた。
そして、鯵ヶ沢の街並みに入る手前で、自宅から出てきたご老人から氷入りの水を頂いた。
春日部に長く住んでいたそうで、ご主人のお墓がこっちなので移り住んだと・・・、こんな会話が、ジャーニーランの良いところだ。

この間、エイドが無かったら、完走は難しかったと思う、ホント感謝だ。
だからこそ、自分ができることを何処かの大会でしなければと改めて思った。
(続く)

みちのく津軽ジャーニーラン177kの準備

来週の14日(日)7時にスタートする、みちのく津軽ジャーニーラン177k、その準備を始めた。
まずは、目標タイムの設定だ。

2016年に参加した第一回の大会の距離は200kmで、今年の大会より長いが、難所のクロモリ館と小泊津軽の像まで行かなくて良いので23kmほど短くなている。

完走率59.69%のなかゴールしたのだから、今年の方が楽だと思う反面、確実に3歳は歳を取っているし、何より、梨状筋の痛みが出てきたら怖い。

往路は一昨年リタイアした250kmと同じなので、過去2回の履歴を参考にしてエイドステーションでの休憩を含んだペースで目標設定タイムを決めた。

それがこれだ!
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岳温泉までは、信号待ちもあり、弘前城を過ぎてからは緩やかな上りの連続になるので、8分~10分/kmの設定だ。
岳温泉から日本海拠点館までは下り基調ながら、エイド間距離が27.1kmと長く、あえて脚を休めながらの9分/kmで走ることにする。

亀ヶ岡遺跡へ至る途中にコンビニがあり、過去2回とも食べたい飲みたい給食給水をしたので、休憩を含めて10分/kmとした。
鰊御殿までの27.9kmは長く、夜も遅くなり、疲労と眠気で時々、正気をなくすので、ここも10分/kmとした。

予定通りなら、22時15分に着くことになる。
200kmの時は、設定タイムより大幅に遅れたので仮眠が出来なくて、夜明けにかけてとても辛かったので、今年は、ここで大休止、とにかく、0時までは寝れなくても休みたいと思っている。

夜が明ければ、あとは眠気と暑さとの戦いになる。
粘るのは、自分の真骨頂だと思っているので、とにかく休まずに歩く&走るで、12分~14分/kmだ。
そして、目標のゴールは、15日(月)17時46分着、34時間46分の予定だ。

いつも超長距離の大会では、このように目標タイムを設定するが、上手くいったことはあまりない。
体調と気候に大きく左右されるからだ。
それでも、毎回、こんなものを作る、スタートラインに立って、ゴールをイメージしたいからだ。
一昨年は豪雨だった、さて、今年はどんなドラマが待っているのか?

そして、今年も、3年前と同じ、こんな風にゴールしたいと思っている。
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奥武蔵ウルトラマラソン

奥武蔵ウルトラマラソンは6回目の参加だ。
距離は78km、最大高低差812m、累積標高差は2,127mになる。
コースは、小高い山を二つ乗り越えてから、奥武蔵グリーンラインを走る。
丸山エイドステーション(49.2km地点)までは、アップダウンを繰り返しながらも登り基調になる。
ここまで、6時間56分掛かった。
この丸山では、毎年、夏姫が待っている。
2014年開催までは、8月に行われており、この丸山で、暑さ対策で水を掛けてくれていた。
今日のように肌寒い日でも、水着姿で待つ、その名残が残っているのだ。

復路は、下り基調だが、まだ29kmも残っている。
しばらくして、右膝、腸脛靭帯が痛み出した。
下りは、飛ばしたいところだが、痛みが増して早く脚をだせない。
ゴール関門を意識しだした、このままでは、関門アウトかもしれないと、痛み止めのロキソニンを飲んだ。

もう完治したと思い込み、テーピングをしなかったことを悔やみながら、前に進んだ。
清流ASから、ゴールまで、4.7km、残り時間は33分。

6分/kmで充分に間に合うが、この足の状態では厳しい、それでも何とか踏ん張って、10時間56分46秒でゴールした。
ところが、11時間を過ぎても、続々とゴールしている。
先にゴールした走友に聞いたら、関門12時間ですよと・・・。
先週のみちくさの関門が11時間だったので、どうも勘違いしたようだ。
おかげで、疲労困憊の1ヶ月だったが、昨年より40分以上早いゴールだった。
 
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          夏姫と。
 
5月連休の春日部大凧マラソンのハーフから、5週連続の大会参加、しかも、フル1本に、ウルトラ3本、流石に疲れたのでしばし休憩したい・・・。
 

横須賀・三浦みちくさウルトラマラソン

この大会名になってから3回目、三浦海岸スタートの大会を含めると、これが4回目のスポーツボランティア、最後尾を走るスィーパーをした。
過去2回は単独だったが、今年は、昨年と同様に旧知の女性ランナーMmさんと若手タフガイM君の3人で、8時のBスタートの最後尾に着いた。
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2人の若手がいたので、男女別のトイレチェックも怠りなく行えたと思う。
一昨年、一人で走った時には、最後尾だと思っていても、いつの間にか、更に後ろにランナーが走っているということが良くあった。
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エイドの燈明堂辺りから、明らかに遅れだすランナーたちがいる。
スィーパー3人で、前後を行き来しながら、久里浜に入った。
神明公園のエイドで、休んでいると、障がい者伴走の二人が来た、さて、どこで見過ごしたか、全く分からない。
ここから、野比海岸を経て、三浦海岸、剱崎の手前まで、同行することになったのだが、目と耳に障がいがある盲ろう者と伴走者もろう者だった。
2人とも音は聞こえないので、後ろに付いて話しかけても伝わらない。
三浦海岸から先は、歩道も狭く、横並びで走るのは危ない、前に出て、強引に引っ張ったり、押し込んだりするしか手がない。
何度も伴走をしたことがある、意志は通じていたのだが、今回ばかりは自分の力のなさを痛感した。

結局、剱崎手前のコンビニで、伴走者が手をクロスし、ここで止める意思表示をした。
ちょうど、リタイア回収車がいたので、良かった。

先に行くスィーパー二人を追いかけ、剱崎からは視覚障がい者伴走の後ろに付いた。
気温が上がったため、伴走者の方がバテていた。
さかんに、障がい者の方に申し訳ないと言っていて、改めてその難しさを感じた。
以前、風車があった宮川公園を目指すが、昨年とコースが変わっていて、けっこう難儀した。
その途中で、この二人もリタイアした。

城ケ島の関門時間が過ぎたので、直接、三崎に向かった。
Mmさんと三崎エイドで、最終ランナーたちを待つ、そしてゴール目指して走り始めた。
歩いたら間に合わないが、みんな、坂道でも走る。
ゴール関門時間が迫るなか歩いていたら、走る意思なしと収容車に乗せられるのは昨年経験した。
だから、みんなには、とにかく腕振りをして、ゴールを目指す意気込みを見せなきゃダメと伝えた。

最終エイドの引橋から、付いた女性ランナーは、途中で、ご主人と抱っこされた赤ちゃんに声援されていたので、なんとしてもゴールテープを切って欲しかった。
ギリギリ彼女が諦めないぐらいのスピードでわたしが前を走る、もうダメと言いながら付いてくる。
最後、ソレイユの坂の登りで、あと2分でゴール閉鎖のアナウンス、走りは変わらなく、もうダメかと思ったが、ラスト30秒のアナウンスで俄然スピードアップした。
関門の19時を数秒過ぎたが、主催者が、この方までゴールと認めますとアナウンスされ、こっちまでメチャクチャ嬉しかった。
スィーパーは、ゴール手前で終えるので、その後の彼女との接点は一切ない、ホント一期一会の出来事だった。

あ~、ダメと言われるまで、また、スィーパーをやりたいと思っている。
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